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はじめに
1.1 背景
近年は、VUCA(Volatility, Uncertainty, Complexity and Ambiguity)の時代と呼ばれている。この環境において我々が重要だと考えているのが、未来を洞察し、ビジョンを描き、そこからのバックキャストによる価値創出である。なぜならば、社会の変化の速度は速く、フォアキャストで未来を予測することは困難になっているためである。また、目指すべき姿がなければ、企業は社会の変化に流されてしまい、主体的に社会に価値を提供することもできない。我々は2019年にenvisioning studio1) を発足し、未来洞察を起点とした価値創出活動に取り組んできた。
コニカミノルタは2023年で創業から150年を迎え、その歴史のなかで世界中の顧客の、切実で大切な“みたい”に応えてきた。経営ビジョンで掲げているように、コニカミノルタはこれからも顧客の”みたい”を実現することで、グローバル社会から支持され、必要とされる企業を目指している。将来的な顧客の”みたい“というニーズを発見し、バックキャストでソリューションを提供することは経営ビジョンの実現に必要である。本稿では未来の”みたい”の可能性を、社内外の多様な人財と共創したf∞ studio programについて紹介する。
1.2 envisioning studio
envisioning studioは未来を思い描き、新たな価値を見える化し、社会実装を目指す新価値事業創出プラットフォームである。これまで共創活動や未来洞察、新価値事業創出プロジェクトを推進してきた。2021年には一連の手法をアップデートしenvisioning processを開発した。Fig. 1にenvisioning processのプロセス図を示す。envisioning processはアート思考2) や、意味のイノベーション3)、スペキュラティブ・デザイン4)、トランジション・デザイン5) といったデザインのアプローチを参照しつつ、未来を描き、それに形を与え、取り組むべき価値を探索するためのプロセスである。
1.3 課題と目的
未来洞察にはアウトサイドインとインサイドアウトのアプローチが存在する。アウトサイドインのアプローチでは、現在の社会にある変化の兆しに着目し、そこから起こり得る未来を描く。この場合、誰が描いても似たような未来ができあがってしまう。一方インサイドアウトのアプローチでは、単純な個人の強い想いだけで未来を描くことで、個人の思い込みが強くなりすぎてしまい、独りよがりな未来ができあがると懸念される。社内で新規事業創出に活用できる未来のビジョンは、独自性と多くの人々が信じられる蓋然性を両立しなければならない。
独自性を生み出すために、我々はコニカミノルタの歴史に着目した。コニカミノルタは2023年に創業150年を迎え、創業以来、社会と人々の切実で大切な”みたい”という想いに応え続けてきた。そこで、我々はコニカミノルタの歴史を価値創造のための重要な資産として捉え、”みたい”という表現で描くことでコニカミノルタ独自の未来を描くことができると考えた。また、信憑性のある未来を描くために社内外の多様な人財との共創に着目した。これら2つのアプローチを融合することで、独自性がありながら、独りよがりにならない、未来の”みたい”を創出することができると考えた。
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f∞ studio program
2.1 企画
社内外の人財と共創するために、多様な人々が集まる渋谷の共創施設SHIBUYA QWSを活動拠点とした。また、プログラムの運営パートナーとして株式会社ロフトワークに協力を仰いだ。企画の初期段階で、コニカミノルタの社史展示室を訪問した。運営メンバー全員で歴史資料に触れ、当社が提供してきた価値の源泉に共感しあうことで、1つの運営チームを形成した。この体験をもとに、祖業である写真を起点に未来の”みたい”を描くf∞ studio programを企画した。ここで用いたfとは、カメラレンズの絞り値であるf値を意味している。f値を大きくするとピントの合う距離である被写界深度が深くなる。よってf∞は、被写界深度を無限大に深くすることで遠い未来を覗き見ることを表現している。コニカミノルタの価値提供の源泉は祖業である写真事業で培ったイメージング技術である。2006年のカメラ事業およびフォト事業からの撤退後も、受け継がれているDNAを起点とすることで、コニカミノルタ独自の未来を描くことができると考えた。
同プログラムでは、祖業である写真を起点に未来の”みたい”を描くまでの過程を全5回のワークショップとして設計した。ワークショップの流れについてFig. 3に示す。前半では従来の写真の定義に囚われずに写真の周縁を探索することから始め、その過程で参加者個人が大事にしている”みたい”を発見するプロセスを実行した。後半では、参加者同士の”みたい”を重ね合わせることでチームを組成し、チーム毎に未来の”みたい”を表現するプロトタイプを制作するプロセスを実行した。
2.2 コミュニティ
参加者がプログラムの終了までモチベーションを保ちながら活動を続けられるように、運営にてコミュニティを用意した。各ワークショップ後に振り返りや気づきを共有し、刺激を与えあうことで参加者はコミュニティへの帰属意識を高めていった。また、日常に潜む「これも写真?」をテーマに投稿し合うことで、参加者はワークショップ以外の時間も写真の周縁の探索活動を意欲的に進めていった。
2.3 実際の活動
f∞ studio programには社内外から30名の多様な人財が参加した。ワークショップの様子をFig.4に示す。
2.3.1 Day 1:Kick off
Day1は写真の周縁を探索するステップである。参加者は数名のチームで渋谷の街に出て、好きなものを写真に収めた。写真はすぐに印刷し、写真に写っているもの、写せなかったものについて参加者同士で対話をした。共通の体験を参加者個々の観点で写真として切り取ることで、1つの写真について多角的な対話が進み、写真の定義を拡張できた。
2.3.2 Day 2:Dialog
Day2は参加者それぞれが”みたい”を発見するステップである。事前に運営から参加者に小さな箱を渡し、参加者は箱に新しい写真の定義に当てはまると思うものを入れ持参した。つまり、他の参加者には分からないように箱の中に各自が思う「写真のような何か」が隠されている、という仕掛けだ。贈り物を想起させる演出は、特別感を出しながら想いを共有することができる。そして、贈り物に込められた意味への興味を引き出し、再解釈の動機付けを行うことができる。参加者は箱を交換し合い、お互いに箱を開ける。そこで初めて目にした「何か」に対し、会場では多くの感嘆の声が上がった。それが写真か写真ではないか、写真であればどのような観点で写真と言えるのか、様々な切り口で対話した。そして、箱の中の新しい写真が、自身のどんな”みたい”という気持ちを反映していたのか発見した。
2.3.3 Day 3:Co – vision
Day3は参加者同士の”みたい”を重ね合わせるステップである。Day2で発見した参加者個人の”みたい”を共有し、”みたい”に共感し合うことでチームを組成した。集まった個人の”みたい”をチームの”みたい”に昇華させるために、アルミホイルを使ってチームの”みたい”を表現しながら対話を重ねた。頭の中にある想いを言葉だけで伝えるには限界がある。フィジカルな中間媒体を用いることで相互理解が進み、チーム内の共感が醸成された。ここからはチーム毎の活動となり、未来の”みたい”を表現するプロトタイプを制作した。
2.3.4 Day 4:Preview
Day4は中間レビューのステップである。各チームが主体的に集まり制作してきたプロトタイプと、プロトタイプ制作を経て深堀りされた未来の”みたい”について発表した。未来の”みたい”は現時点では実在しない想いだが、プロトタイプによって可視化され触れることができるようになる。直観的な対話が可能となり、参加者は発表に対して対話を深め、未来の”みたい”の解像度を上げていった。
2.3.5 Day 5:Exhibition
Day5は各チームが完成させたプロトタイプと未来の”みたい”を発表するステップである。発表会ではWebアプリを活用した作品や、1室を貸し切った体験型の作品などが、未来の”みたい”と共に発表された。Fig.5には制作されたプロトタイプの一部を示す。また、同プログラムから創出された未来の”みたい”と制作されたプロトタイプの展示会を実施した。展示を通して、参加者だけでなく、社会との対話を実行した。
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まとめ
3.1 考察
社内外の多様な人財と未来の”みたい”を共創するf∞ studio programを設計し、運用した。このプログラムのアウトプットはその後の活動に引き継がれ、8つの未来の”みたい”の整理に至った。また、同プログラムの進行過程では100以上の”みたい”の可能性が生まれ、今後のコニカミノルタの未来を洞察するための多くの観点を得ることができた。8つの”みたい”の相互の関係性や1つ1つをさらに深堀りすることで今後の新規事業創出に活用できる”みたい”が構築できると考える。
F∞ studio programから創出された8つの未来の”みたい”は現在の社会の変化から論理的に導くことが困難であり、十分な独自性があった。Day5の発表会では、会場内で多くの建設的な議論が生まれており、蓋然性も確保できていたと考える。以上から、独自性と蓋然性を両立した未来を描くという目的は達成したと考える。
3.2 今後に向けて
本稿では、祖業である写真を起点に、未来の”みたい”の可能性を、社内外の多様な人財と共に探索したf∞ studio programについて紹介した。この活動はenvisioning processの5つのステップの主にenvisioningに該当する。今回創出された”みたい”を実際に新規事業創出に活用するためには残りの4つのステップを通して、バックキャストで価値創出として繋げることが求められる。また、同プログラムで実施したプロセスや手法を体系化することで社内外の様々な未来洞察プロジェクトに水平展開していく予定である。