1
緒言
日本の橋梁の多くは高度経済成長期に建設されており、一般的に言われている耐久年数50年を超える橋梁の割合が2025年を超えるあたりから急増し、過半数を超えると言われている(Fig. 1)1)。コンクリート橋梁の劣化要因は塩害や中性化等で鉄筋コンクリート構造物内部の鋼材が腐食すると、その破断のリスクが生じ、構造性能を大きく損なうことが懸念される。内部鋼材の破断状況を非破壊で確認する方法として漏洩磁束法が挙げられる。本研究では漏洩磁束法に基づき、鋼材の破断の有無を自動で判別する手法を提案するものである。
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Fig. 1 日本の橋梁数(建設年数)
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実験
2-1. PC鋼材の内部鋼材破断検知技術の概要
開発している非破壊技術、磁気とIoT技術を用いたセンシング技術(以下、SenrigaN)は、コンクリート構造物の内部鋼材の腐食状態や破断等をリアルタイムで可視化するソリューションを開発目的としたものであり、磁気センシングとIoTによるデータ解析で破断箇所を現場で瞬時に特定できる1)。本機器は、長軸方向54 cmに1 cm間隔、短軸方向16 cmに4 cm間隔の3 軸磁気センサーが上下2段に内蔵されている(Fig. 2)。この装置を用いて面的な磁束密度分布を計測した。本機器は、漏洩磁束法と磁気ストリーム法の2種類の手法を内蔵しているが、本研究では漏洩磁束法を用いた。また、計測データは無線LAN によりクラウドにデータが送信され、クラウド上で即座にデータを確認できる。
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Fig. 2 3軸磁気計測装置内のセンサ配置
漏洩磁束法ではコンクリートの外側から内部鋼材に対して磁石をあてがうことで、強磁性体である鋼材を磁化させる(着磁)。磁化された鋼材からの漏洩磁束を計測し、破断部に生じる磁場変化の有無を捉える方法が漏洩磁束法である。Fig. 3に示すように鋼材に破断が無い場合、鋼材は一つの磁石となるため、測定磁場は連続的な変化となるが、鋼材に破断がある場合、破断箇所に新たにN極とS極が生じるため、深さ方向(Z軸)の磁束密度の波形が逆S字に変化し、長辺方向(X軸)の磁束密度が凸に変化する。このような磁束密度の波形の変化から破断の有無と位置を判定する。
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Fig. 3 漏洩磁束法の波形
2-2. 漏洩磁束法のデータ解析技術
2-2-1. スターラップを有する橋梁計測
漏洩磁束法のデータ解析についてモデル実験を用いて解説する。Fig. 4にPC鋼材が破断した場合と破断していない場合の磁束密度とその判定結果を示す。X軸は桁軸方向、Y軸は桁軸直角方向、Z軸は橋梁の底面に対して桁高方向の磁束密度を計測した結果となる。橋梁にはコンクリートを支えるPC鋼材の他に、PC鋼材に対して直角に配置されているスターラップが存在し、健全の場合スターラップ成分に磁化されているN極の波形が見られるが、鋼材は計測装置の0 cm側がS、53 cm側がNに磁化されているのでZ軸は右上がりの波形を捉えることができる。破断の場合は鋼材の破断部でNからSに切り替わるのでZ軸は大きく逆S字の波形を捉えることができ、X軸は強い凸字が発生する。
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Fig. 4 プレテン桁の漏洩磁束法波形
2-3. 鋼材破断波形の自動判定システム開発
3軸磁気計測装置を用いた漏洩磁束法により、コンクリート内部の鋼材が破断した際の磁束波形の変化の特徴を自動で捉え、破断の有無を判別する自動判定システムの開発を行なった。奥行き方向の波形データに対して直行する2方向で微分を行った2次元画像によるテンプレートマッチングアルゴリズムにより、精度検証を行なった。検証はPC実橋梁の計測と、鋼材のモデル(Fig. 5)の計測データを用いた。
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Fig. 5 鋼材のモデル
2-3-1. テンプレートマッチングによる判別モデルの構築
テンプレートマッチングではテンプレートと呼ばれる画像を用意し、診断しようとする画像の中からテンプレートに一致する箇所を探索する2)。Fig. 6を例に示すとサイズM×N(MおよびNは自然数)の入力画像f [ i 、 j ]の中から、サイズがm×n(通常はm < Mかつn < N、mおよびnは自然数)のテンプレートt [ i 、 j ]の画像の類似度を計算する。類似度Rの計算は式(1)を用いて相関関係を算出する。
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Fig. 6 テンプレートマッチング工程の概念図
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Z軸方向の波形に対して、長軸方向および単軸方向の可視化のため、センサーが捉える磁界におけるZ軸成分をXおよびY軸成分それぞれ微分し、2次元化された画像を2種類作成する(Fig. 7参照)。なお、センサーの数が少なく解像度が低いため20倍に線形補完する。この画像を8bitに正規化した上でdZ(z)/dxと、dZ(z)/dyの値をグレースケール画像として2枚生成する。中空部材での鋼材破断箇所を測定から得られたテンプレート画像をFig. 8に示す。Fig. 9にテンプレートを走査させ、事前の感度分析の結果X軸方向でRが0.65以上、Y軸方向で0.9以上と判別された箇所を図示した。Fig. 9の上段は長軸方向に、下段は短軸方向に微分した画像となっている。赤い部分は長軸方向がテンプレートが一致、青い部分は短軸方向が一致、緑の部分は長短両軸方向で一致していることを示している。
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Fig. 7 テンプレートマッチングを実施した例
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Fig. 8 鋼材破断箇所のテンプレート(拡大図)
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Fig. 9 複数のテンプレートを用いた計測
Table 1に4橋のプレテンション方式実橋梁で計測した波形を2次元画像化したものに対する破断の判別結果と、実際の破断の有無との結果を比較したものを示す。モデルの正解率は約91%、適合率(破断ありと予測された数に対する正解の割合)は約98%、再現率(実際に破断があったケースに対して破断ありと予測できた数の割合)は約74%となった。
Table 1 PC橋梁4橋における結果
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2-3-2. 複数のテンプレートのしきい値の最適化
4橋梁の計測をした結果、正解率、破断と判定して実際に破断している割合を示す適合率は90%以上を確認できたが、破断している箇所を当てる割合をしめす再現率が74%と低かった。偽陽性の画像からテンプレートを29パターンに増やした。正解率が最も高くなるように各テンプレートのしきい値を決定した。29パターンのしきい値を決定するためにグリッドサーチを用いて検証を行なった。29パターンのテンプレートに対して、1つずつ正解率が最も高いしきい値を決定する。Fig. 9のように、決定したしきい値で算出された正解率の高い順番にテンプレートマッチングを実施。テンプレートマッチングで破断と判定されたら、その計測は破断として、破断と判定されなかったら次のテンプレートマッチングを実施する。各テンプレートの正解率の最大値を算出して、部分的グリッドサーチを用いてしきい値の最適化を行なった。
Table 2に14橋梁の計測を行なった結果を示す。今回はロバスト性の確認をするためにも橋梁数を14橋梁に増やして行なった。正解率は91%、適合率は87%、再現率は82%となった。
Table 2 29のテンプレートを用いたPC橋梁14橋における結果
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2-4. 自動破断判定システムのWebアプリケーション実装
開発した自動破断判定システムをクラウド環境上で動作させることにより、現場で計測したデータを即座にアップロードし、破断判定結果を閲覧できるWebアプリケーションを構築した。Fig. 10にシステム全体のアーキテクチャーを示す。自動破断判定システムをAWSのマネージドサービスを活用したWeb アプリケーション化することで、SenrigaN のサービスとしての運用と保守の容易化と、システムの高可用性を実現した。本節ではその方法について述べる。
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Fig. 10 システム全体のアーキテクチャー
2-4-1. 自動破断判定モデルのコンテナ化とマイクロサービスアーキテクチャーの採用
自動破断判定モデルは、Pythonを用いた機械学習ライブラリおよび前述のテンプレートマッチングアルゴリズムで構築されている。これらのソフトウェアライブラリやパラメーター、テンプレート画像など、自動破断判定モデルの動作に必要なすべての環境をコンテナイメージとしてパッケージ化した。Dockerベースのコンテナ化技術を用いることで、自動破断判定モデルとその依存関係を一つの独立したユニットとして扱うことが可能となり、開発・テスト・デプロイの各段階で一貫した環境を提供することができた。
構築したコンテナイメージはAWSのAmazon Elastic Container Registry(ECR)に保存され、AWS Lambdaにデプロイ、API Gateway経由でリクエストに応じて実行されるようにしている。API GatewayからのHTTPリクエストを受け付けるとLambda関数が呼び出され、必要なコンテナが自動的に起動される。AWS Lambdaはサーバーレスコンピューティングサービスであり、コンテナイメージを実行することが可能である。このアプローチを採用することで、自動破断判定モデルを独立したコンテナとして実行し、リクエストに応じて必要な数のコンテナが起動することで、柔軟かつ高可用性な判定システムを実現した。AWS LambdaはECRに登録された任意のバージョンのコンテナイメージを選択してデプロイできるため、自動破断判定モデルや関連するパラメーターのバージョン管理が容易になり、モデルのアップデートやロールバックが迅速かつ確実に行えるようになった。
コンテナ化した判定モデルをAWS Lambdaにて独立したサービスとして展開することで、システム全体はマイクロサービスアーキテクチャーとして構築した。各コンポーネント(自動破断判定処理部、計測処理、データ処理部など)が独立したサービスとして稼働し、個々のコンポーネント毎に開発・デプロイが可能となり、サービスごとのアップデートが容易になった。また、あるサービスで障害が発生しても、他のサービスへの影響を最小限に抑えることができるため、システム全体の可用性と信頼性を高めることができた。
2-4-2. システム運用とメンテナンス
システム開発の効率化と品質向上を目的に、継続的インテグレーション/継続的デリバリー(CI/CD)のパイプラインをAWS CodePipelineを用いて構築した。開発者がAWS CodeCommit上にソースコードやパラメーター、テンプレート画像などの変更をプッシュすると、CodePipelineが自動的にビルドプロセスをトリガーする。ビルドにはAWS CodeBuildを使用し、Dockerイメージを作成・テストした後、イメージをECRにプッシュする。
CodePipelineはこのビルドプロセスの終了後、AWS Lambdaにデプロイを行う。この方法を用いることで、新しいバージョンの自動破断判定モデルのコードがリポジトリにコミットされるたびに、自動的にシステムが更新される仕組みが実現した。運用時に判定モデルの性能改善やパラメーターの調整が必要になった場合でも、リポジトリへの変更をコミットするだけで即時にシステム全体へ反映できるため、安定性と精度の両立が図りやすくなった。
3
結果と考察
3軸磁気計測装置を用いた漏洩磁束法により、コンクリート内部の鋼材が破断した際の磁束波形の変化の特徴を自動で捉え、破断の有無を判別する自動判別技術を、奥行き方向のデータに対して直行する2方向で微分を行った2次元画像によるパターンマッチングアルゴリズムにより構築し、複数のテンプレートを用いてしきい値を最適化することで精度向上を行なった。その後開発した自動破断判定モデルをAWSのマネージドサービスを活用し、マイクロサービスアーキテクチャーとしてWebアプリケーションに実装を行なった。
4
結言
SenrigaNはインフラ構造物の老朽化という社会課題を解決するために、コンクリート橋梁の内部を非破壊で検査するシステムの開発を行なった。SenrigaNで捉えた計測データはコンクリート橋梁内部に存在するスターラップや、他の磁性体、サビの成分などで解読するのに熟練の技術者が判読する必要があった。本研究では、漏洩磁束法の破断の特徴を捉え、自動で破断判定を行なうことが出来た。今後は漏洩磁束法のデータのみで解析するのではなく、画像データなども含めて解析を行なうことでより精度のいい破断判定システムの構築を目指す。
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謝辞
本研究は国土交通省・道路政策の質の向上に資する技術研究開発「超小型赤外分光カメラと磁気センシングの融合によるコンクリート構造物の完全非破壊による劣化診断」(研究代表者:香川大学 岡﨑慎一郎教授)の支援を得て実施された。ここに謝意を記す。