1 概要
微生物が有用物質を生産する「バイオものづくり」は、脱炭素社会を支える基盤技術として大きな期待が寄せられている。そのためには、目的の物質を効率よく生産する能力を有する微生物(高生産株)開発が重要であるが、近年の遺伝子工学の発展により組換え株の作製技術は確立された一方、その組換え株から物質生産能力が高い微生物を検出する技術は発展途上にある。本研究では、ハイパースペクトルイメージング(HSI)と異常検知モデルを組み合わせることで、高生産株を自動的かつ非恣意的に検出する新しいシステムを開発した。1) 可視情報では識別が困難な生産能の差異を、分光情報と統計的特徴量に基づいて捉えることで、生分解性プラスチックの一種であるポリヒドロキシ酪酸(PHB)生産大腸菌の実証では、 93% の精度で高生産株を検出した。本技術は、高生産株のみえる化により従来の微生物開発のワークフローを革新する可能性を秘めている。
2 詳細
■構成
本システムは、以下の構成要素からなる。ハイパースペクトルイメージング(HSI)による分光データ取得部、スペクトル特徴量抽出部、異常検知AIモデル、および結果の可視化・判定インターフェイス。(Fig. 1)
まず、寒天培地上に形成された多数のコロニーをHSIカメラで一括撮影し、400–1000 nmの波長帯における反射スペクトルを取得する。つぎに、各コロニーについて平均反射強度および波長ごとの標準偏差などから特徴量を算出し、学習済みの異常検知モデルに入力する。モデルは、生産能を持たないホスト株の分光特性を基準とし、その差異をスコア化することで、高生産株を自動選別する。なお、この分析は非破壊かつ高速かつ合理的にスクリーニングが行われるため、その後の微生物コロニーのピッキング、播種、培養操作工数を大幅に削減できる。
Fig. 1 ハイパースペクトルイメージングと異常検知モデルを組み合わせた高生産株検出システムの概要
■機能/特長/用途
本システムの大きな特長は、高生産株のラベル付け済みデータを教師データとして必要とせず、元の微生物株(ホスト株)のみでモデルを構築できる点にある。本手法では、HSIで微生物の色や形状、艶などの視覚的な情報を数値化したうえで、ホスト株を正常として学習させて構築した異常検知モデルを適用することで、高生産株を異常として検出することが可能になる。また、HSIにより可視光では識別困難な微細なスペクトル差異を捉えることができるため、見た目に差が現れにくい高生産株であっても、高感度かつ高精度で識別できる。
実証実験として、生分解性プラスチックの一種であるポリヒドロキシ酪酸(PHB)を産生する大腸菌を対象に、同一寒天培地上の約200コロニーを測定し、異常検知モデルを適用した。その結果、「異常」と判定されたコロニーの93%が実際にPHB高生産株と一致した。これにより、本システムが組換え株の初期スクリーニング において有効に機能することが確認された。この成果は、研究者の作業負担を大幅に軽減し、育種効率の大幅な向上を実現する可能性を示している。
■今後の展望
HSI と異常検知 AI を組み合わせた本手法は、微生物に限らず、微細藻類や植物育種へ適用も可能である。今後は、培地や菌種ごとのスペクトル特性に応じた自動キャリブレーション、多波長データの次元圧縮と特徴量最適化、さらにコロニー検出処理との統合を進め、より汎用性の高い育種支援プラットフォームへ発展させる予定である。これらの取り組みにより、微生物育種の効率化とバイオものづくりの高度化に寄与することが期待される。