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はじめに
AIやビッグデータ、IoT、ロボティクスといった先端技術が劇的に進化を遂げ、将来的に多くの職業がAIやロボットに置き換わると言われている。新たな時代で活躍できる人材を育成するため、AIやロボットが苦手とする高度な判断や発想、創造力などを、科学・技術・ものづくり・数学といった知識を横断し、リベラル・アーツの要素を加えて育む「STEAM教育」が世界的に注目されている。STEAM教育における重要な項目の一つに「プログラミング教育」があり、日本においても、小学校の必修科目として取り入れられるなど早期学習に力を入れている1)。一方で、従来の教員養成課程ではプログラミングは扱われておらず、多くの教育現場で十分なプログラミングの指導力を持った教員が不足している。また、教員の業務量の多さから新たな指導力の獲得も困難な状況であり、多くの学校現場ではプログラミング教育の実践に課題を抱えている。
コニカミノルタが研究開発拠点を構える八王子市においても同様の課題があり、学校現場に向けた企業のICT教育支援についての期待が高まっていた。コニカミノルタは、長年メーカーとして培ってきたモノづくりと最先端のICT、AI技術を掛け合わせた製品・サービス開発力を強みとしており、社内の開発力強化のため、独自のICT人財育成体系、教育カリキュラムを設けて推進するなど2)、社員向け教育のノウハウもあったそこで、八王子市と締結した「八王子市とコニカミノルタ株式会社との社会課題解決に関する包括連携協定」の枠組みの中で、未来を担う子どもたちのICTスキル向上や理科系科目への興味醸成を目指し、中学校パソコン部向けのプログラミング教育支援の取り組みを開始した。
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八王子市との包括連携協定
2. 1 八王子市と締結した包括連携協定の経緯と内容
コニカミノルタは1963年に八王子市に東京サイトを開設し、本サイトを独自のコア技術開発、研究開発の中核拠点として機能させ、コニカミノルタの価値創造の歴史を支えてきた。以来コニカミノルタは、地域課題解決や住みやすい街づくりに向けたイノベーションへの取り組みを通して、八王子市との良好な関係を築いている。
これまで、八王子市と連携し、教職員の企業体験研修の受入れ、介護現場におけるICTの導入支援、災害時の生活用水の支援、先端技術セミナーの連携開催など、広義に渡り様々な取り組みを実施してきた。また、地域が抱える様々な課題に対し、コニカミノルタの新規事業、新製品・サービスなどを積極的に提案することで、実証実験を通してコニカミノルタ自身の事業強化・成長に繋がっていた。地域の更なる活性化と持続可能な社会の実現を目指すため、八王子市との更なる連携を図り、コニカミノルタの強みを将来生じ得る様々な社会・地域課題解決に生かすべく、2021年10月に包括連携協定を締結した。
【協定名称】八王子市とコニカミノルタ株式会社との社会課題解決に関する包括連携協定3)
連携項目
(1)未来を担う子どもたちの文化・スポーツ教育に関すること
(2)DX推進を通じた市民サービス向上に関すること
(3)災害時の支援に関すること
(4)市内企業との連携に関すること
(5)その他、社会課題解決に関すること
2. 2 中学校理科系部活動の支援開始の背景
八王子市の学校現場では、理科系部活動の指導を強化することでより充実した活動内容にしたいという考えがあり、八王子市教育委員会から支援の相談があった。コニカミノルタでは、社内外に向けた技術教育の多数の実践経験があり、そのノウハウを生かして、地域の子ども達のICTスキル向上と理科系への興味醸成に協力したいという想いから、部活動の指導支援を決定した。八王子市内の中学校でパソコン部を有し、顧問とともに部活動の充実化を希望する中学校一校が選ばれ、2021年5月より八王子市立甲ノ原中学校(以下、甲ノ原中学校)パソコン部の支援を開始した。
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「モノづくり×ICT」を題材とした教育内容
中学校パソコン部を支援するにあたり、STEAM教育でも重要視されているプログラミング教育を実施する方針を立てた。その中で、コニカミノルタのメーカーとしてのモノづくり力と最先端のICT、AI技術を有するという特色を生かし、パソコンの中だけで閉じたプログラミングではなく、実際のモノを動かすプログラミングの面白さを伝える内容を目指し、ハードウェアデバイスを用いたICT教育カリキュラムを検討した。
教育に使用するデバイスとしては、BBC micro:bit4)(以下、micro:bit)を選定した。micro:bitは海外において子ども向けのプログラミング教材として多くの実績があり、ビジュアルプログラミングを扱えるため初学者でも扱いやすいことに加え、拡張ボードなどを利用することで様々な応用を効かせることができる。また、中学生が八王子市から配布され利用しているパソコン端末にかけられた制限下であっても活用できることが確認でき、中学生に向けた教育に用いるのに適したデバイスであると判断した。
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micro:bitを使った中学校向けICT教育の実施
4. 1 「モノづくり×ICT」の体感とプログラミング文法を学ぶ『基礎編』
初年度のパソコン部へのICT教育支援は、社員が月1回パソコン部の活動日に学校訪問し講師を務める、訪問型の授業形式で実施した(Fig. 1)。
前半4回分を「基礎編」とし、初学者から経験者まで幅広い学生にハードウェアデバイスを用いたプログラミングに興味を抱いてもらうことを目指し、「モノづくり×ICT」を学生自身が体感できることに主軸を置いたカリキュラム内容を構成した。各回の演習では、LEDを点滅させるという初学者向けの内容から始まり、徐々に扱うセンサーなどを増やして段階的に演習のレベルを上げ、複雑なシステムを作れるようなカリキュラムにした。また、講義と演習を通して、一般的なプログラミング言語で必要とされる、変数、条件分岐、繰り返し処理、乱数といった基本文法を一通り学べる内容に仕上げた。
4. 2 外部センサーとの連携で幅広いシステム設計を学ぶ『応用編』
後半4回分は「応用編」とし、プログラミングが幅広いソリューションを生み出す力を持つことが伝わるカリキュラムを目指した。応用編では、micro:bitだけでなく、複数の外部センサーモジュール、出力モジュールと、モジュールとmicro:bitを接続するための拡張ボードを用い、電子工作とプログラミングを組み合わせることで、更に複雑なシステムを作成できる内容にした(Fig. 2)。また、教育内容を映像教材化し提供することで、コニカミノルタ社員の訪問がない部活動日も、映像教材を使った活動ができるようにし、より自立した部活動の促進を目指した。
活動を重ねるごとに、生徒たちのプログラミングに対する関心が高まり、積極性も向上する様子が見られた。教育終了後に学生に実施したアンケートでも回答者全員から「プログラミングに対する関心が向上した」という回答が得られた。
今回の教育を通して、当初目標としていたモノを動かすプログラミングの面白さを伝えることができたと同時に、基礎的なプログラミングスキルから電子工作、センサーの仕組みなど様々な技術を学んでもらうことができた。
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映像教材化による教育モデルと横展開に向けた実証実験
八王子市教育委員会からは、本教育支援の他の中学校・小学校への展開について要望が上がっていた。また、コニカミノルタが今後も継続的に支援を続けるためには、効率化の工夫も必要であった。そこで、二年目の活動では、他校への展開に向けた教育モデルの構築と実証実験を実施することとした。
教育モデルとしては、教育コンテンツを本格的に映像教材化し、コニカミノルタの社員なしでも部活顧問や部員が協力し、自立して学びを進められる形を目指した。1年生は部活動の中で映像教材を利用して、micro:bitの扱いや基本的なプログラミング及び電子工作のスキルを習得し、2年生では、そのスキルを活用し、新1年生が同教材を使って学ぶ際に指導・サポートできるという仕組みである。これにより、部活動の中で社会性やチームワークなどを育むことにもつながると考えた。
また、教育コンテンツも初年度よりブラッシュアップし、従来の内容に加えてプログラミング演習やシステムの動作原理について解説パートを盛り込むことで、技術に対する深い理解と更なる理科系科目への興味醸成を図った(Fig. 3)。さらに、コニカミノルタの会社紹介や、働く社員のインタビューパートを盛り込むことにより、学生の地域企業に対する認知・興味の向上や、今後の自身の進路を考えるきっかけになることも目指した。
映像教材を使った教育に対しても生徒たちの興味・関心度は高く、先に理解が進んでいる上級生が下級生のサポートを始めるなど、自立した部活動に向けても良い効果が確認できており、応用編の実証実験を進めながら、教育モデルケースの確度を上げている(Fig. 4)。
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まとめ
八王子市の学校現場における理科系部活動の指導が十分に行き届かないという課題に対し、八王子市教育委員会からの要望に沿って、甲ノ原中学校パソコン部に対するICT教育支援を実施した。コニカミノルタがこれまで培ってきたモノづくり力およびICT・AI技術と、技術教育のノウハウを活かし、「モノづくり×ICT」を学生自身が体感できることに主軸を置いた教育カリキュラムを提供することで、パソコンの中だけで閉じたプログラミングではなく、実際のモノを動かすプログラミングの面白さを伝えることを目指した。
本教育支援は、中学校および教育委員会からの高い評価と他の中学校・小学校への展開の要望を受け、二年目の活動の中で他校への展開に向けた教育モデルの構築と実証実験を実施している。今後も継続的に活動を進めることで、八王子市全体の小・中学生のICTスキル向上や未来のIT人財強化が期待されるだけでなく、地域企業の認知や興味を促し、将来の更なる地域活性化にも貢献できると考えている。