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はじめに
1. 1 学校教育の状況
これからのSociety5.0の時代は,教育におけるICTを基盤とした先端技術の効果的な活用が求められる。このような時代において,文部科学省は,児童生徒が課題を発見し,その解決に向けて主体的で協働的な学びをより一層推進する必要があると言及している。また,文部科学省が推進する「GIGA(Global and Innovation Gateway for All)スクール構想」では,全国の小中学生に1人1台の端末と,高速大容量の通信ネットワークを整備している。この構想の目的は,誰一人取り残すことない,個別最適な学習活動をより一層充実させることである。近年は,新型コロナウイルスの感染拡大に伴い,子どもたちの学びを保障する手段として,オンライン学習に大きな注目が集まっている。将来の学校教育を支える基盤としてタブレット端末等のICT活用は必要不可欠になっている。今まさに,教育現場はデジタルトランスフォーメーション(DX)が求められており,これまでの学習の在り方や教員の業務の在り方が変容している。
1. 2 コニカミノルタと学校教育
コニカミノルタは,働く人の業務改善やその先の社会課題と向き合い,顧客の「みたい」に応えてきた。様々な業種・業態におけるデジタル化を支援することによって顧客課題の解決につながると考えている。我々は,教育現場もその対象になると思い,教育のDXに向けて,教育現場の課題を解決するため,2019年から大阪府箕面市とともに文部科学省「新時代の学びにおける先端技術導入実証研究事業」1)(以下,実証事業)に取り組んでいる。
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実証事業の概要
実証事業の目的は,教員による児童生徒への学習や生活指導の充実,校務支援や政策改善等によって,教育の質を向上することである。誰一人取り残すことのない,公正に個別最適化された学びの実現に向けて,学校現場と企業等との協働により,昨今の技術革新を踏まえながら,学校教育において効果的に活用できる先端技術の導入と活用についての実証を行う。この実証事業において,大阪府箕面市の「鉛筆・筆箱・タブレット」を合言葉に,我々の先端技術を活用して,教員の業務改善と個別最適な学びの実現に取り組んでいる。3章では,実証事業の取組みの1つである「成績予測を活用した,指導の個別最適化」について記述する。
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成績予測を活用した,指導の個別最適化
大阪府箕面市では,平成24年度から,全ての児童生徒を対象にした「箕面子どもステップアップ調査」という学力調査を年1回実施している。箕面市の教員にヒアリングを行った結果,この学力調査の結果を児童生徒の学力変化の把握や,指導の振り返りに活用したいという要望が強く挙がった。そこで,我々は過去9年間の学力データを用いて,長期的な児童生徒自身の変容を詳細に分析し,その結果を教員の指導に生かすことを検討した(Fig. 1)。この取組みは,教員が児童生徒を指導する時に,教員の経験や勘に頼るのではなく,データにもとづいた方向性や方針を持つことによって,今まで以上に的確な指導を目指すものである。
3. 1 分析システムの概要
学力調査のデータに対して,個人情報の秘匿化や教科/単元を学習指導要領コードに整理するというデータ前処理を施した後,児童生徒の特性を分析する。Table 1 は教員がその分析データを活用する目的や方法をユースケース毎に示している。ユースケースに応じた分析結果を教員に提示することを考えている。
Table 1 Use case of the learning analysis system
3. 2 取組を実現するための分析手法
学力調査のデータについて,データの前処理をした後,各学年の教科/単元毎の正答率から,主成分分析法を用いて成績分布の特徴を分析した。次にk-平均法により5グループに分類し,子どもの成績傾向を容易に把握できるようにした。一例ではあるが,Fig. 2 の場合,特徴PC1は算数の得点を示し,値が小さいほど高得点であることを意味する。特徴PC2は算数における体積や図形の合同の得点を示している。値が高いほど高得点であることを意味する。例えば,Fig. 2 のGroup 1に分類した児童生徒は,算数全体の得点は高いが,体積や図形が苦手であるという傾向が読み取れる。この結果をもとに,対象児童生徒の過去の学力推移の傾向から,どの教科/単元の指導をすればより効果的であるか,教員にレコメンドするダッシュボード開発を行った(Fig. 3)。レコメンドのレポートには,子どもたち一人ひとりの学力の推移,強み・弱み,予測シナリオと成長に向けた処方箋を表示している。学力調査やこの成績分析の結果によって,教員が児童生徒一人一人に対する単元毎の学力傾向をもとに,該当の児童生徒に対して注意を払いながら授業での様子を見ることが可能になった。
3. 3 効果検証
教員に対して,この分析結果やレポートの提示についてヒアリングを行った。教員から「従来は学力のつまづきが大きい子どもに応じて,できなかった問題を集めて渡していたが,それをシステムで可能になることは価値がある」と評価いただいた。一方で「分析を最適化すると,子どもたちのなぜ?どうして?といった考える力が身につかないのではないか」という懸念の声も上がっている。子どもたち自身が弱点を把握し,それを克服するように考える行動を促すことが必要であり,そのようなレポートであればより良いとコメントをいただいた。また,学力調査の実施頻度は1年に1回だけであるため,次年次の学力調査が行われるまでに,この学力調査を用いた分析結果だけでは児童生徒の日常の学力変化を追うことできないことは課題である。
今後は,デジタル化されていないテストや,児童生徒の機微な学力変化をつかむことのできる日常データを活用する。児童生徒の学力が伸びているのか,伸び悩んでいるのかという日頃の変化に教員がいち早く気づくことができるダッシュボードを目指す。また,学力傾向の分析に加えて,動画教材等の教材を学習指導要領コードで紐づけ,各教材,ツールが児童生徒の成績にどの程度影響を与えているかという分析を行う予定である。
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教育現場のDX
GIGA スクール構想によって,全国の小中学校の約96%以上が端末の利活用を開始しており,児童生徒にとって端末を活用した学習はより身近になっている。その一方で,教員のICT の浸透度の差は大きく,教員へのヒアリングを通して,複数のツールを授業のユースケースに応じて切り替えるのは,操作が煩雑で授業の進行に影響が出ている課題を見出した。コロナ禍で遠隔教育を実施できた自治体は20%程度であり,全体としてICTの活用はなかなか進んでいないのが現状だ。安全で効果的な教育環境の実現に向けて,コニカミノルタのAI技術を活用して,教育のDXを支援したいと考えている。
4. 1 目的
学びの効率化やさらなる質の高い指導支援を目的に,前述の教育のDXに関する課題を解決するために,我々は協働学習,遠隔学習,学校生活のDXを実現する「学習支援サービス」を開発した。学習支援サービス及び,3章に記述した「成績予測を活用した,指導の個別最適化」を含む「学びの分析サービス」のサービス設計をFig. 4に示す。我々はこれら2つのサービスを含む教育機関向けソリューションを通して,児童生徒の学習機会を拡大する価値を提供する。
4. 2 サービスの価値検証
全ての教員,児童生徒が簡単に操作できるように,学校生活に必要な機能を1つのアプリケーションで「ワンストップ」で提供している。特に,学習活動・学校生活のペーパーレス化と学習状況の把握や教材の配布・回収を簡単にしている。教員や児童生徒にヒアリング,アンケートを行った結果,児童生徒の7割以上から学習支援サービスを使った授業は楽しかったという評価を得られ,ICT活用に貢献したと考えている(Fig. 5)。
今後は,実証事業で取り組んでいる成績予測を活用し,「学びの分析サービス」によって指導の個別最適化を目指す。また,子供たちからのSOSへの早期対策のための,感情分析などの開発も検討している。データ解析により今まで見えていなかった子どもたちの特性を可視化し,教員の指導や子供の学習の質を高め,多様化する子供の個性に合わせ「個別最適化された学び」の実現を目指す。
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発表・メディア紹介
今後もメディアを通じた発信で活動の認知度を高めることにより,教育のDXに貢献していきたい。
以下,発表やメディア紹介の例を示す(公開順)。
日本経済新聞社. “コニカミノルタ,学力試験をAI分析 東京書籍と協業” . 日本経済新聞. 2022年1月20日. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC277EM0X21C21A2000000/ , (参照 2022年1月31日)
文部科学省 初等中等教育局初等中等教育企画課学びの先端技術活用推進室. “新時代の学びにおける先端技術導入実証研究事業(学校における先端技術の活用に関する実証事業・先端技術の効果的な活用に関する実証)について” . 文部科学省ウェブページ. 2021年11月9日. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC277EM0X21C21A2000000/ , (参照 2022年1月31日)
日本経済新聞社. “コニカミノルタ,教員の授業をAIで分析育成効率化” . 日本経済新聞. 2021年11月9日. https://www.nikkei.com/article/DGXZQODZ229V10S1A320C2000000/ , (参照 2022年1月31日)
株式会社イード. “可視化そして分析…コニカミノルタが教育業界で生み出す新たな価値” . ReseEd 教育業界ニュース. 2021年11月9日. https://reseed.resemom.jp/article/2021/05/07/1522.html , (参照 2022年1月31日)
株式会社イード. “学校の枠を越えて広がる新しい学びの形,「tomoLinks」が実現する遠隔・協働学習” . ReseEd 教育業界ニュース. 2021年11月9日. https://reseed.resemom.jp/article/2021/07/30/2019.html , (参照 2022年1月31日)
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まとめ
実証事業では,教育現場の声を聞きながら,顧客課題解決につなげる活動を実施してきた。21年度の実証事業では,教育データの利活用をより促進し,教員の支援となる活動を進める。また,学習支援サービスや学びの分析サービスを搭載した教育機関向けのトータルソリューションによって,教育のDXを広く展開していきたいと考えている。この活動を通して,多様な子どもたちが誰一人取り残されることなく社会とつながる個別最適化された協働的・探究的な学びに貢献したい。