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はじめに
病院でのX線撮影において,診療放射線技師(以下,放射線技師)は患者の担当医師から依頼された撮影オーダーに基づき,患者の撮影部位と撮影方向,X線の照射条件を決めて撮影を行う。画像は医師が診断しやすいように部位ごとに被写体とX線装置の位置関係(撮影ポジショニング)が定められており,放射線技師は医師の撮影オーダーに対応するため,数多くの撮影ポジショニングを理解し撮影業務に臨まなければならない。
しかし,実際には人の骨の構造には個人差があり,体外から見て一見正しいポジショニングで撮影された画像においても,診断に適さない画像であれば再撮影をする必要がある。
再撮影は患者のX線被曝量が増え,検査時間が増大するため,可能な限り低減させたいが,骨の位置関係が複雑な四肢の関節撮影は特に撮影ポジショニングの難易度が高く,再撮影の割合が増加しやすい。さらに再撮影すべきかどうかは放射線技師が撮影した画像を目視で確認し,骨部と骨部の数ミリ単位の位置関係から判断しなければならない。この作業は,経験年数の少ない放射線技師には難しく,判断を誤ると,不必要な再撮影による被曝増や医師から再撮影を求められることによる手戻り,間違った画像による誤診等のデメリットが発生する。
このような課題に対してコニカミノルタでは,撮影されたX線画像が適正か否かを画像解析により自動判定する機能「Positioning i」を2020年に開発した。本機能は,AI技術の一つであるDeep Learningを用いており,これまで担当放射線技師の力量に頼っていたポジショニングの再撮影に再現性のある基準を提供できるため,再撮影判断に迷う場面や誤診に繋がる撮影の間違いを減らすことが可能となる。
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「Positioning i」機能について
2. 1 対象部位と機能構成
本機能の開発にあたり,対象とする撮影部位の検討を行った。国内の協力施設から受領した,当社の線量管
理システム「RADInsight(ラドインサイト)」の統計データ(四肢関節のX線撮影件数〔Fig. 1〕と,再撮影率〔Fig. 2〕)を基にして,共同開発施設へのニーズ調査を行った。
その結果,施設によって各部位の撮影件数や再撮影率にばらつきはあるものの,撮影件数が多い膝関節のほか,患部が小さく目視確認が難しい足関節の側面撮影において再現性のあるポジショニング自動判定の要望が特に高いことがわかった。さらにこれら四肢の関節は,まれに部位間違いとして左右の取り違えが発生する可能性があり,主に責任者クラスの放射線技師からは撮影時の検像機能として左右間違いを検知する機能の要望が高いことがわかった。
そこで,まずは要望が特に高い膝関節側面と足関節側面のポジショニングの判定と左右間違いを検出する機能を開発した。
2. 2 再撮影判定の基準
被写体のポジショニング方法については決められた手技が存在するが,再撮影の基準については病院の医師や放射線技師が診断能や患者の状態について考慮しながら判断することが多く,再現性のある明確な指標が存在しない場合もある。たとえば膝関節側面については「大腿骨内の外顆と内顆のずれが7 mm以内」1) との指標も提案されているが,撮影現場では目視で評価する場合がほとんどで再撮影の判断は撮影を担当している放射線技師の技量に影響されるところが大きい。
そのため「Positioning i」がどのような指標で画像のポジショニングの良悪を判定するかについても,明確な基準が無い状態から共同開発施設と協議を重ねた。その結果,膝関節側面については「大腿骨顆部の外顆と内顆のずれ」,足関節側面については「脛骨下関節範囲内にある距骨滑車上面の内顆と外顆のずれ」(Fig. 3)をずれの領域とし,その領域の幅をずれ量とした。ずれ量は施設毎に定める基準値(mm単位で設定可能)を用いて「A:良好,B:許容,C:再撮影の検討が必要」の区分を判定表示できるようにした。
左右部位の判定については体位の容易さから膝関節側面と足関節側面では外側面をX線検出機の受像部に接面して撮影を行うことが一般的であり,本機能でも外側面をX線検出機に接面した状態である前提で骨部の位置関係から左右部位を判定することとした。
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再撮影判定機能アルゴリズム
3. 1 処理の概要
「Positioning i」では撮影されたX線画像に対してDeep Learningを用いてポジショニングの判定と左右の判定を行う。
国内の協力施設より受領した臨床画像に,判定指標に基づくずれ領域や左右の部位などのラベルを付与し,Deep Learningにより入力画像と付与ラベルの関係性を学習させた。なお,学習は製品開発時のみ行い,施設導入後自動的にシステム性能および精度が変化することはない。
結果の表示方法は,(A)ポジショニングの判定ではポジショニングずれ領域を撮影画像上に重畳表示し,測定ずれ量と,その数値があらかじめ設定した基準値を上回る場合は再撮影を促すアラートとを表示する。(B)左右の判定ではあらかじめ設定した部位情報と比較して左右が異なると判定された場合にアラートを表示する(Fig. 4)。
3. 2 ポジショニング判定処理
ポジショニング判定では撮影された画像に対して関節のずれ領域とずれ量を同定する(Fig. 5)。さらにX線撮影装置ではアラートを表示するずれ量の大きさを予め設定することができるため,導入施設ごとに判定基準を変更することが可能となる。
撮影された画像は判定対象となる関節位置を推定する前処理を行った後,Deep Learningを用いてずれ領域を推定するセグメンテーション処理を行う。セグメンテーション処理結果の領域に対して,関節の中心方向からその幅を計測し,最も幅が広い部分を最大ずれ量として決定する。このずれ量がどの程度許容されるかは施設ごとに異なるため,ユーザーは,ずれ量の数値が「A:良好,B:許容,C:再撮影の検討が必要」のどれに該当させるかを予め設定することができる。「C:再撮影の検討が必要」と判定された場合は医師の診断に適さない可能性が高いため,再撮影するように促すアラートが表示される。
3. 3 左右部位判定処理
左右部位判定は,撮影された画像の左右と,医師から依頼された撮影オーダーを元にX線撮影装置に入力された撮影部位の左右情報とを比較して両者が異なっていれば再撮影を促すアラートを表示する(Fig. 6)。
まず,撮影された画像に対してサイズ変更,階調・濃度調整等の前処理を行った後,Deep Learningを用いて左部位である確率と右部位である確率とをそれぞれ推定する。その確率が高い方を画像から推定した左右部位として,X線撮影装置に入力された撮影部位の左右情報と比較する。両者が異なっていれば誤った部位を撮影している可能性が高いため,再撮影を促すアラートを表示する。
撮影した放射線技師はアラートをきっかけにして撮影オーダーを再確認することで,思い込みによる左右部位の間違いに気づくことが可能となる。
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まとめ
われわれは,撮影されたX線画像が適正かを画像解析により自動判定する「Positioning i」を開発した。本機能により再現性のあるポジショニング基準の導入と医療事故につながる患部の左右間違いを防止することが可能となり,臨床現場の生産性向上に寄与すると考える。
なお,「Positioning i」を実際に導入いただいた病院からは,判定の有用性2)や再撮影基準の統一によるワークフロー改善効果が示唆される3)との報告が挙がっているほか,新たな機能や部位拡張についての要望も挙がっている。
コニカミノルタは今後も「Positioning i」の改良,拡張にとどまらず,臨床現場を変革する魅力的な製品を開発し,医師や放射線技師の業務効率化,撮影技術向上,患者の被ばく量低減に貢献して行く所存である。