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緒言
インクジェットプリンターにおいて、インク射出時に目的の液滴(主滴)以外の微小液滴(サテライト)が発生し、サイズの小さいものは用紙に着弾せずにミスト化する(Fig. 1)。このミスト化により画像ノイズやプリンター機内の汚れ、ノズルへの付着による射出異常が発生し、自社の既存プリンターで問題となることがある。
ヘッドの射出評価には、液滴をストロボ撮影することで液滴速度を測定するドロップウォッチャー(DW)が一般的に利用され1)、インク射出後の主滴挙動を主に観察して評価を実施している。これまでにサテライトの発生有無や発生後のミスト挙動について報告されてきたが2-4)、ミスト発生量を直接評価する先行研究は見当たらない。そこで本研究ではDWを用いてミスト化の可能性のある微小液滴量を測定することで、安定した定量的な評価法を確立した。
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Fig. 1 Jetting stage from inkjet head.
インクジェットプリンターにおいて、インク射出時に目的の液滴(主滴)以外に主滴から分離した小径の液滴(サテライト)が発生する。サテライトの中でさらに粒径が小さい液滴はミストと呼ばれ、用紙に着弾せずにプリンター機内の汚れやノズルへの付着による射出異常を発生させる。
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実験
2-1. 画像処理と粒径分布
DWはストロボ撮影によるヘッド射出挙動観察装置であり、観察結果はFig. 2のような画像データで取得できる。この画像データを8,000射出分(8ノズル×1,000枚)用意し、今回新たに作成した画像処理プログラムによって画像に写る全液滴を認識させ、各ノズルの液滴数・液滴径・射出速度をテーブルデータにした。取得したデータから各液滴サイズの全射出液量を粒径分布として可視化し、主滴集団とサテライト集団に分けた各粒径の詳細な分布が把握可能となった。
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Fig. 2 Acquisition of injection data using DropWatcher.
自社ヘッドドライバー(IJCS-1)を取り入れた内製のヘッド射出挙動装置の基本構成を図上部に示した。ストロボ撮影により取得した8,000射出分の画像データから、画像処理により全液滴を認識して液滴情報をテーブルデータに変換した。
2-2. 到達距離
ヘッドから射出された液滴は空気抵抗を受けて減速する。インク液滴はストークスの抵抗法則に従い、粒径に比例する力が働く( 𝐹 = 6𝜋𝜂𝑟𝑣)。この液滴の減速は運動方程式を用いたモデル式(Fig. 3(A)-式(1)および(2))で表すことができる。このモデル式を用いた粒径の異なる液滴の減速モデルはFig. 3のようになった。主滴およびサテライトにおいて重力考慮の有無による到達距離の差はほとんど見られず、重力考慮なしでの簡略化した飛翔距離を到達距離と定義した。この到達距離はFig. 3(A)-式(3)で表し、初速と液滴径から求めることができる。粒径が小さく、かつ射出速度(初速)が遅いほど到達距離が短くなり、用紙に届かずにミストになりやすい。
(A)
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(凡例)
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(B)
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Fig. 3 Models of droplet deceleration in inkjet jetting.
(A)Droplet deceleration model using equations of motion. 重力考慮ありのモデル式(1)および重力考慮なしのモデル式(2)を示した。式(2)から到達距離を求める式(3)が成り立つ。本評価法では気流の影響は無視している。これはメディアへの着弾可否には搬送時の気流の影響が小さいことを想定している。(B)Flight distance by droplets of different size. 液滴サイズにより到達距離が異なるが、重力考慮の有無による差はほとんどみられない。
2-3. 到達距離の可視化
本手法を用いて、射出時電圧を振ったときの射出データから到達距離を求めた。2-1で取得した初速と液滴径および2-2で定義した到達距離の計算式Fig. 3(A)-式(3)を用いて、粒径分布から距離の頻度分布あるいは累積分布への変換が可能となる(Fig. 4)。この分布から到達距離が所定の印画ギャップ(ヘッドから印画媒体までの距離。Fig. 4(C)の黒点線)よりも短い液滴量が確認でき、これらは用紙に到達できず風で空中に舞う、つまりミスト化する可能性の高い液滴量と推測することができる。本研究ではこの液滴量を「推定ミスト量」と定義し、この手法により所定の印画ギャップ時のミスト量が可視化できる。
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Fig. 4 Conversion from particle size to distance.
(A) Histogram of particle size. 射出電圧(速度)を上げると小径成分が増えている。これは液体が高速で射出されることで射出直後に形成される液柱の長さが伸び、飛翔の過程でより細かく分裂するためである。(B) Distance frequency distribution. Fig. 3(A)-式(3)を用いて横軸を距離に変換した。(C) Distance cumulative distribution. (B)を累積分布にした。所定の印画ギャップ(距離)における累積のミスト量を推定できる。
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結果と考察
3-1. 適用事例:駆動波形(液滴速度)比較
コニカミノルタ製のヘッドAを用いて行ったミスト発生量の駆動波形比較結果をFig. 5に示した。このグラフは各射出条件における液滴の初速を横軸に、所定の印画ギャップ時の到達不可能液量(推定ミスト量)を縦軸にとったプロットとなっている。印画ギャップが広がるにつれて「推定ミスト量」が多くなり、また高電圧(高速)になるほど「推定ミスト量」が増加する傾向にあることが示唆された。推定ミスト量によってヘッド単体評価でも印画ギャップを変えたときの挙動などが確認でき、従来評価より詳細な把握が可能となった。またこの結果は連続射出条件における実際のミスト飛散量評価と同様の結果となっており、本評価法の整合性が確認できている。
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Fig. 5 Comparison of initial velocity for estimated mist amount.
印画ギャップが1mm~5mmの推定ミスト量を示した。印画ギャップ1mmでは推定ミスト量はほぼゼロであるが、印画ギャップが広がる、あるいは高電圧(高速)になるほど推定ミスト量が増えることがグラフから読み取れる。これは微小液滴数が増えたことに起因する。
3-2. 適用事例:インク種比較
コニカミノルタ製のインクを用いて行ったインク種比較(インクA、インクB)の結果をFig. 6に示した。インクによるミスト発生量の違いを可視化することができた。また連続射出条件におけるヘッド周辺へのミスト飛散量を測定した結果、同様の傾向であることが確認できている。
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Fig. 6 Comparison of ink types for estimated amount.
印画ギャップが1mm~5mmにおけるインクAおよびBの推定ミスト量を示した。
3-3. 現状と展望
DWの画像解析による粒径分布と運動方程式による飛翔挙動を組み合わせることで、これまでは定量的な測定が不可能だったミスト量推定ができるようになった。さらにミストの発生要因も推定できるようになったことで根本的なミスト対策方針の設定が可能となった。このように本手法がミスト発生のメカニズムの解明だけでなく、各インクの特徴付けや適切な射出条件の検討に活用できることが示され、利用用途の発展に期待できる。さまざまな射出環境に対応できる「推定ミスト量」の評価法の活用に力を入れていきたい。
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結言
新規射出評価法としてミスト発生量の推定方法とその結果を報告した。一般利用されているDWに対して画像解析と物理モデリングを組み合わせることで従来よりも詳細に射出挙動を把握し、”定量的なミスト評価”のような新たな切り口の評価とそれを用いた設計が可能になったと言える。今後もインクジェットプリンターおよびヘッドの価値を向上させるべく、新たな開発手法の検討を進めていく。