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はじめに
米国ではメタンガスの漏洩検知には赤外カメラを用い、排出量の測定には例えばハイフローサンプラーのような専用の装置を用いることが一般的である。ハイフローサンプラーは、実際にガスを吸引する必要があるため作業性が悪く、タンクなどの高所からの漏洩は測定できないなど課題もある。これらの課題に対してガスの漏洩画像を用いて、単位時間当たりの排出量である流量を推定する技術の開発が進められており、一部は製品として販売されている。しかし現時点で実用レベルに達しているものはなく、市場からは精度及び操作性の良い流量推定技術が期待されていた。
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流量推定機能
コニカミノルタのガスカメラの流量推定における入力項目は、Fig. 1の情報入力画面に示されているように画像上の4点で指定したガス領域とガスの種類、撮影距離、気温である。流量推定後、Fig. 2に示すように5秒間の流量平均値が表示され、5秒ごとに更新される。
また、流量推定においてはガスの動きによる微小な輝度値の変化を検出する必要があり、撮影視野を固定するため三脚等を用いることが一般的である。しかし、コニカミノルタのガスカメラでは手振れノイズ低減機能を有効にすることで、手持ち撮影においても流量推定が可能となる。三脚を設置するスペースの確保が困難な設備での使用において、特に有効性が高い。
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流量推定技術
コニカミノルタの流量推定技術は、ガス濃度厚み積推定とガス流速推定の技術から構成される。ガスの濃度厚み積は濃度とカメラ奥行方向である厚みの乗算値であるため、カメラ画像上のガス領域の濃度厚み積を2次元的に積算する、すなわち濃度厚み積を合計することで、ガス量を算出できる。次に、ガスの流速を画像から推定し、通過時間を算出する。最後にガス量を通過時間で除算することで、単位時間当たりのガス量である流量を推定できる。概念図をFig. 3に示す。3-1章以降、技術詳細について記載する。
3.1 濃度厚み積推定
濃度厚み積を求めるには、ガス温度、ガスが存在する場合の背景温度、ガスが存在しない場合の背景温度の情報が必要である1)。具体的にはこれらの情報からガスの光吸収率を算出して濃度厚み積を求める。流量推定では濃度厚み積が薄い画素を含めガス領域すべての濃度厚み積を積算するため、光吸収率と濃度厚み積の関係を精密に求める必要がある。例えばHITRANデータベースやNIST Chemistry WebBookの分光吸収データを利用してこれらの関係を求める方法も考えられるが、実際にはカメラの分光感度特性の詳細データがさらに必要であったり、分光吸収データそのものの分解能が足りなかったりするため満足なデータを得ることが困難である。このためガスの光吸収率を精密に実測するための測定系を構築しデータを取得した。Fig. 4は構築した光吸収率測定系である。光源としての平面黒体炉とカメラの間にガスセル(両端に赤外透過窓を有するガス充填容器)を配置している。今回対象とする赤外領域においては、あらゆるものが黒体放射により発光しておりその強度が周囲温度によっても変化する等の多数の変動要因が存在するため、測定系並びに測定手順に様々な工夫を施して高精度測定を実現した。Fig. 5はメタンガスの光吸収率の濃度厚み積依存性の例である。
3.2 ガス流速推定技術
ガス流速を求める一般的な方法として、現場に備え付けあるいは持ち込んだ風速計により風速を測定しこれをガスの流速とみなす方法がある。ガスの流量推定値はガス流速に比例するため精度を必要とするが、風向きや風速は時間的に刻々と変化することが多く、また風速計がガス漏洩箇所の近辺にあるとは限らないため、風速計を用いる方法ではガス流速精度に限界がある。コニカミノルタでは、撮影したガス画像間の変化からガスの流速を求める手法を開発した。ガス画像間のガス雲の流れを追跡することによりガスの1秒ごとの移動ピクセル数を求め、Fig. 6のように流量推定計算実施時に入力した撮影距離情報を用いてガスの流速を推定する。
3.3 ガス強調画像を用いたガス領域指定
可視画像や時間差分を利用し微小変化を強調した高感度画像からは、例えば Fig. 7及びFig. 8に示すように、ガス撮影時の背景に雲が存在した場合に雲がノイズになる可能性があるように見え、流量推定への影響判断が難しい。しかし、コニカミノルタ独自のガス強調画像では画像の濃淡により、ノイズが影響するかどうかや、避けるべきノイズ領域を容易に把握できる。ガス強調画像とは、ガスの揺らぎによる温度変化を抽出した画像である2)。これを用いることで、ノイズを避けてガス領域を指定することが可能となるため、結果として精度良い流量推定が可能となる。
3.4 手振れノイズ低減技術
流量推定を実施する現場ではカメラを固定するための三脚等の設置スペースの確保が困難な設備があり、手持ち撮影での流量推定が望まれることから、手振れノイズ低減機能を開発した。この機能は撮影画像上のピクセルの移動量と輝度値時間変化に相関があることを利用してピクセル位置をサブピクセルレベルで補正することで、手振れに起因する画像の2次元シフトや回転を補正する。Fig. 9は手持ち撮影にて得られたガス強調画像(左)に対して本機能を適用した例(右)であり、手振れに起因したノイズが大幅に低減していることが示されている。
3.5 感度マップ
ガス検出感度は、背景温度とガス温度の温度差が大きいほど原理的に高くなるため、流量推定精度は撮影背景に大きく依存する。精度良く流量推定を実施するために、感度マップを用いてガス検出感度の良い撮影背景を選択することができる。Fig. 10は、赤外画像(左)に対して感度マップを重畳した画像(右)の例であり、3種類の色の違いから撮影背景の影響を視認できるようにしている。
3.6 性能評価
コニカミノルタでは、コロラド州立大学(CSU)のADED(Advancing Development of Emissions Detection)プロジェクトに参加し、同大学のMETEC(Methane Emissions Technology Evaluation Center)施設で流量推定技術の性能評価を行った。Fig. 11は性能評価期間中に実施された各流量推定テストにおける流量推定値の正解流量値に対する比を表したもので、縦軸は底が2の対数スケールとなっており、0が正解値に対して1倍、1が2倍、-1が1/2倍を表している。Fig. 11に示すように天候が晴れのときには67%、評価全体では55%で倍半分精度をクリアした。天候が晴れの場合には、ガス温度は気温とほぼ同じで背景は太陽光の影響で見かけ温度が高くなるため、背景温度とガス温度に大きな温度差が生じることが多く、ガス検出感度は高くなる。曇りの場合には、感度マップを用いてできるだけ気温と温度差のある稼働している暖かい設備を背景に選ぶなどの工夫が、より重要となる。
Fig. 12は、METECでの評価結果を、横軸を正解流量値にして表したものである。流量が大きいときほど精度の良い結果が得られており、これは流量が大きいほどノイズ等の影響を受けにくいことが要因と考えられる。この結果は、地球温暖化への影響の大きい規模の大きな漏れほど、精度良く流量推定できていることを示唆し、実用上好適な結果であると言える。
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まとめ
コニカミノルタでは、精度良く使いやすい流量推定技術の確立を目指し、開発を進めてきた。精度良く推定するためには、撮影時の背景選択やガス領域の指定など、使いこなしノウハウを必要とする部分も残されている。今後精度の向上に加え、このようなノウハウを新しい機能として提供することで、更に地球温暖化の社会課題解決に貢献したいと考えている。