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はじめに(COCOMITEとは)
昨今、2030年問題と呼ばれ社会課題となっている労働人口の減少は、人財獲得競争の激化、日本の経済活動を鈍化させるなどの問題を引き起こす恐れがある。そのため、限られた人的資源を有効的に活用することで、企業が企業のコアとなる業務に集中し、創出する価値の最大化を目指す必要があった。一方、これまでの企業の多くでは人財の育成はOJT (On the Job Training):職場の上司や先輩が、実際の仕事を通じて指導し知識や技能を身に付けさせる教育方法)を中心に教育を行ってきており、その教育工数の肥大化や、マニュアルが散在しているために最新のマニュアルを探す時間が手間であるなど、ノンコアな業務にも多くの時間を費やしているのが現状であった。そこで、コニカミノルタではその人財育成・技能伝承の課題解決に着眼し、社会のナレッジDXを実現するために、各企業に蓄積されたナレッジを明らかにし、その活用状況の見える化により顧客の「みたい」を実現するオンラインマニュアルサービス「COCOMITE (ココミテ)」を2020年に上市した。
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BizDevOpsの必要性
コニカミノルタにおいては、これまでのデジタル複合機や印刷機に代表されるプロダクト主体のモノ売りビジネスから、DX (Digital Transformationの略称) による高付加価値サービス (DX as a Service) を主体としたビジネスへと業容転換を図っている。COCOMITEも技能や育成・マニュアル活用の状況など顧客の「みたい」を実現するために2020年に上市したサービスであり、素早い事業成長を遂げる必要があった。また、グローバリゼーションや国家・地域間の経済紛争、新型コロナウイルス感染拡大や、生成AI技術に代表される新しいIT技術など目まぐるしく状況がかわるVUCA (Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性の4つの単語の頭文字をとった言葉) の時代の中で、本サービスが持続可能な事業成長をするには、開発と運用が一体となってサービス価値を提供するDevOpsに留まらず、①顧客の生の声の変化、②ビジネスの成長フェーズの変化、③最新の技術などの外部環境の変化といった、刻一刻と変化する環境に迅速かつ柔軟に対応する必要があったため、ビジネス部門と一体化したBizDevOps体制を築くことにした。
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BizDevOpsで重要な因子
前述のBizDevOpsを実現するための重要な因子は次の2点である。
1.高い品質の維持と素早い仮説検証の実現 (Fig. 1, Point1)
2.ビジネス及び開発サイドとで一体となった戦略検討 (Fig. 1, Point2)。
全体としては、Fig. 1, Point1の左上のロードマップが起点となり、デザインの検討、リリース時期・機能の方向性の決定、開発、機能単位でのテスト、リリース単位でのテストを行った後、リリースとなる。リリース後は顧客の利用データや営業やCS (Customer Success)、チームが獲得したVoC (Voice of Customer) をまとめ、戦略を練り直し、ロードマップに落とし込むという一連の流れになっている。
3.1 高い品質の維持と素早い仮説検証の実現
ポイントの1つ目は、主にシフトレフトしたQA (Quality Assurance) と透明化された開発体制で成り立っているため、以下で説明する。
3.1.1 シフトレフトしたQA体制
従来、開発側で仕様検討し、時間をかけて開発が完了した後に、更に時間をかけて受入テストを行ってリリースするという流れが主流であった。ところがその状況で仮に受入テストで問題があった場合には再度作り直しになり、結果として完成するまでに長い期間を要するため、変化の激しい市場・顧客ニーズにこたえ続けることは困難であった。そのため、この開発・テスト期間を短縮するための施策として、QAチームはFig. 1, Point1の上流部にあたるリリースプランニングの時点から関与している。リリースプランニングの目的は、ある機能を届けようとした場合に、どのような顧客向けに、どのような価値を届け、どのような機能を開発するのか、開発期間はいつまでを見込んでいるか、などを開発メンバーとビジネス側のメンバーとで合意をする場となっている。QAチームがこの時点から関わることで、開発の上流から顧客視点に立った上で、留意すべきバグが洗い出されるという効果が発揮されている。そこで得た観点を、開発メンバーが分割したタスクの完了条件として記載し、仕様だけでなくその完了条件も満たすことを開発メンバーと合意することで、受け入れ時点での品質は高くなり、結果的に素早い機能提供を可能にした。
3.1.2 透明化された開発体制
上述のシフトレフトしたQAに欠かせないのが、透明化された開発体制である。主にFig. 1のPoint2の周辺部分について説明する。透明化には更に3つのポイントがあり、①開発メンバーの進めている実装タスクが周囲から見えること、②実装完了したタスクが開発用の環境に即マージされ、動くプロダクトとして確認できること、③これら①②が他の開発メンバーだけでなく、要求元のPO (Product Owner) やBO (Business Owner)、QAメンバーとも常に共有されていること、である。COCOMITEも当初は開発メンバーとそれ以外のメンバーがそれぞれ分業して開発を進めていたが、開発のブラックボックス化などの課題があり、このような体制を構築した。その結果として、Fig. 2に示した通りバグの発生件数は低下傾向となり、稼働率もSLO (Service Level Objective):99.5%以上に対して、常に達成できている。その一方でFig. 2に示した通りリリース回数は増加傾向にあり、より多くの価値を提供できるようになっている。結果として、高い品質で素早く仮説検証が行える体制が整っていることが示されている。
3.2 ビジネスチームと連動した戦略検討体制
先述の3.1の通り、開発プロセス上でビジネスサイドからも実装状況、実装中のプロダクトの顧客期待との一致度の確認ができる体制になっている。一方で、開発サイドもビジネス検討・戦略検討に入りこむことができている。COCOMITEはオンラインマニュアルサービスであるため、マニュアル作成数が重要な因子であり、開発サイドがそのマニュアル数の受注への影響に着眼し、データとしてまとめた図がFig. 3である。縦軸がトライアル中に作成したマニュアル数を示しており、Fig. 3の通りトライアル期間中から多くのマニュアルが作成されていると受注傾向が高いことが分かる。開発サイドがデータをまとめ、営業・CS・マーケティングチームを巻き込み、顧客により多くのマニュアルを作ってもらうための施策検討に繋がった。
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BizDevOps体制によりリリースした代表的な機能
これまで述べたビジネス・開発・運用チームが密連携するBizDevOps体制によってリリースした機能は多くあるが、その中でも代表的な事例を3つ紹介する。
4.1 シングルサインオン(2023年6月)
まず、3.1にて示した通り、バグを抑えながら、より多くのリリースを行ってきており、素早く顧客の要求に対応もできる体制であることが分かる。この体制であるために、開発途中の変更があった場合でも素早いピボットにより確かな価値提供を実現した事例を、シングルサインオン機能開発を用いて説明する。COCOMITEではセキュリティ要件の高まりにより2023年6月にSSO (Single Sign On) 機能を開発、リリースした。本機能仕様の検討は、営業やマーケティング、CSチームのメンバーと話し合い、これまでの顧客の声を集約して仕様の合意を行った。しかし、デザイン案が出来上がり、開発着手直前の段階で、より顧客の利益になる機能表現案 (具体的にはログイン画面上で、原案:SSOと通常のログインが利用できる状態、改善案:SSOのみでログインが利用できる状態) が挙がった。一方で、再度顧客への再検証を行った場合には、リリース遅延と、それによる事業機会の損失リスクも検討する必要があったが、顧客の要求を素早く捉えて対応してきたチームであったため、開発と並行して顧客への再検証を実施し、その結果を開発の途中で反映させることを決定し、営業チームとの連携のもと再調査を実施した。結果として改善案の方が良いという顧客の声もあり、開発途中で仕様変更することになったが、期待通り素早く変更に対応ができ、ファーストリリースから改善案を適用した状態でのリリースに至った。
4.2 AIマニュアル作成アシスト(2023年7月)
3.2に示した事例と関連性が高いものでは、β版としてリリースしたAIマニュアル作成アシスト機能も、4.1と同様にBizDevOps体制により、リリースした機能となる。本機能は生成AIを活用した機能であり、これまでマニュアルの作成において時間を要していた文書作成時間を短縮し、より簡単なマニュアル作成の実現と、素早いマニュアル活用を目指すことを目的とした機能である。2023年4月当初は本機能をリリースする予定はなかったが、生成AI技術の機運の高まりと、マニュアル作成との親和性の高さから急遽、企画・検討・リリースした機能となった。通常、企画開始からリリースまでの期間は3.5か月から4.5か月程度要するものの、営業メンバーによる顧客へのヒアリングと技術調査を並行して実施し、そのヒアリング結果を即座に要件に反映したことで、企画開始からリリースまでの期間が2か月と、大幅な短縮に成功した。また本機能のリリースにおいてトライアル中の顧客ごとのマニュアル数変化はFig. 5に示した通りである。23年7月末の本機能リリース後、トライアル期間中のマニュアル数は増加傾向になっており、狙い通りの効果を得た。更に本機能は新聞1) に掲載され、リード創出効果もあり認知拡大に繋がった。
4.3 承認フロー(2022年4月)
最後に、リリースした機能が営業プロセスにおいても好影響を与える点について、承認フローという機能の事例を用いて説明する。まず、承認フローの開発に至った背景は、一般的にマニュアルは製造業で多く使われており、マニュアルの信頼性を特に重要視する傾向にあった。COCOMITEの認知拡大と共にこうした製造業の顧客との商談機会が増えたため、そのニーズに応えることが目的であった。そのように認知度が増加傾向にあった製造業の顧客のニーズに素早く応えたことで営業プロセス上にも大きな変化があった。Fig. 6は承認フロー機能のリリース前後の製造業の顧客のSQL (Sales Qualified Lead) 数を示しており、リリース後に更に増加していることが分かる。このように機能の開発及びリリースがビジネスに与える影響をビジネスサイドと共に定義し、その結果を継続的に確認し、改善に繋げることで素早いビジネス成長を実現してきた。
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まとめと今後の展望
このように22年度は承認フロー、23年度はSSO、AIマニュアル作成アシスト機能など、新たに獲得したい顧客層、問い合わせの多い顧客層や、最新の技術動向を踏まえてビジネスサイドと開発サイドの連携のもと素早い判断と実行により、顧客への価値提供と事業拡大を実現してきた。これら以外の最新の機能としてもBlue Greenデプロイメント(2023年10月)の実現により、多店舗型の小売業を展開する顧客にとって課題であったリリース時に発生するメンテナンス停止によるマニュアルへのアクセス機会の損失を解決するなど、更に新たな顧客獲得と価値提供に向けてCOCOMITEは日々進化している。今後も変化する社会、顧客、技術などに柔軟に対応していきながらナレッジDX事業を成長させていきたい。