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はじめに
本稿では、ワークショップ形式の議論において従来採用されている、付箋を用いたブレインストーミングによって議論を進行していくワーク(ポストイットワーク)を基本形態とした多層的ワークショップ手法について紹介する(Fig. 1、Fig.2)。本手法では、多層的に配置した複数の透明なアクリルボードを用いて、議題の論点ごとに適切に頭を切り替えて議論したのち、全体を透過させて眺めることで論点間の関係を整理し明確化することができる。
1.1 背景
社会やビジネスの環境変化が激しい現代はVUCAの時代と呼ばれている。未来動向の予測が困難であるこの時代を生き抜くためには、周辺環境の変化への高い感度と、多角的な情報処理能力が求められる。事業の拡大とともに成長してきた企業や組織は、組織構造のサイロ化による課題に直面している。それに対し、多様なバックグラウンドを持つメンバー同士の共創を実現する方法の模索が進められている。
コニカミノルタにおいても、デザインセンターはこれまで、部門横断のコラボレーションのハブとしての役割を担いながら、社内向けプロセスの開発、展開を実施してきた。例として、コニカミノルタの事業特性に合わせ、デザイン思考を進化させた「コニカミノルタデザイン思考」や、未来のビジョンを起点とする価値創造のプロセスを体系化した「envisioning process」が挙げられる。これらのプロセスを全社で活用するための課題は、如何にして社員が主体的に実践できる仕組みを提供するか、ということにある。
他方、世界的なCOVID-19の感染拡大は、企業や組織の労働環境に大きな変化をもたらした。物理的距離に依存しないコラボレーションが急速に一般化したことで、共創活動の在り方は転換点を迎えたように思われた。オンラインコミュニケーションの効果や価値向上への期待が高まるにつれ、face-to-faceによるコミュニケーションの意義が問い直され、出社を前提としない新しい働き方を取り入れた企業も多くあった。しかしながら、多くの人々が感染が常態化した「withコロナ」時代に慣れてしまった今、従来の働き方へと揺り戻しが起こっているのも事実であり、問題の焦点は、如何にしてオンラインとオフラインの双方の良さを引き出して多様なコラボレーションを実現するか、へとシフトしている。
1.2 参考事例
オンライン・オフラインそれぞれのワークショップで活用できる二つのツールを紹介する。
一つ目の事例は、MiroやMuralが代表するデジタルホワイトボードを取り上げる1) 2)。デジタルホワイトボードは無限のエリアを備える仮想平面であり、複数人が同時に、付箋や図表、テキスト、画像などに対して追加、移動、編集、削除などの操作を行うことができる。共同での資料作成・情報の整理や蓄積、プレゼンテーションなど、様々な用途で活用され、オンラインでの共創活動には欠かせないツールとなりつつある。
二つ目の事例は、日立製作所が2022年に一般販売を開始したBusiness Origamiを取り上げる。前述のデジタルホワイトボードと異なり、Business Origamiは対面のワークショップでの活用が想定されている。Webサイトの説明によると、Business Origamiは、多様な価値観を持つメンバーが一つの卓を囲み、視覚的にイメージを共有し創造的なディスカッションを行うことで新しいサービスの全体像をデザインするためのメソッドである。紙製のカード型ツールは2つに折ることで人物や建物、乗り物といった「折り紙」の模型を簡単に作ることができる。カードには具体的な名称を書き込む欄が設けてあり、ステークホルダーとその関係性を卓上に並べることでサービス構造を可視化し、全体像の理解、課題の発見・共有といった新サービスの構築に役立つとしている3)。
これら二つの事例は、チームでの議論において、議論の進行と同時にそれぞれの意見を視覚的にも共有できるという点で共通している。意見の可視化によって議論内容への理解と、その発展を促進する。一方で、それぞれの事例には課題も存在する。MiroやMuralなどのデジタルホワイトボードは、議論の進行とともに平面上の情報量が増え、煩雑になりやすい。議題に合わせて情報を整理しながら、チーム全員による活発な対話を引き出す、高度なファシリテーションスキルを備えたファシリテーターの存在が求められる。Business Origamiなどの対面でのワークショップツールには、議論の経緯が可視化されづらいという課題がある。短期的な議論の結論だけでなく、検討内容全体の記録として機能させるには、意識的に使い方を工夫する必要がある。
1.3 目的
本手法では、上記二事例の持つ課題に対し、チームの中に特別なファシリテーションスキルがなくとも、共創活動における議論を効果的に進行し、その経緯を含めて可視化できるツールの開発を目的とした。
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多層的ワークショップ手法の紹介
2.1 特徴
本手法は、ワークショップ形式の議論で従来採用されてきたポストイットワークを基本形態とし、三つの特徴を持つ。第一の特徴は、ポストイットを貼り付けるためのワークボードにある。透明なボードを複数枚用意し、多層的に配置することで、議論を進行するための三次元空間を形成する。第二の特徴は、空間の中で意見同士の関係を表現できる立体線にある。それぞれのワークボードを議論における検討内容に対応させることで、従来通りの方法で意見を出し、整理していく過程の中で、検討内容同士、意見同士の関係や検討の経緯を可視化することができる。第三の特徴は、ワークボードとワーク参加者の関係にある。多層的に配置されたワークボードを中心とし展開される議論の場では、参加者のその時の思考の焦点や議論に対する心理的姿勢が、空間内での立ち位置や行動姿勢に現れる。
2.2 多層的ワークショップ手法を実施するツールの紹介
多層的ワークショップ手法を実施するための特徴的な二つのツールについて紹介する。
a. 透明ボード
透明ボードとは、ポストイットを貼り付ける、透明もしくは半透明のボードである(Fig. 3)。2-3で紹介する二つの活用事例では、飛沫防止用のアクリルパーテーションを応用した。
b. 立体線
立体線とは、多層的に配置されたボード間を越えて付箋同士の関係を表現するための線である(Fig. 4)。ある程度の長さ調節機能と、透明ボードへの接着部を持つ。Fig. 4は、紙に切り込み加工を施した立体線の一形態で、両端のフックを軽く引っ張ることで切り込みが開き、線の長さを調整することができる仕組みを持つ。予めボードに接着した接合部の穴にフックをひっかけることで線を固定する。
2.3 社内共創活動における活用事例
本手法の開発において、検証を兼ねて実施した二つのワークショップ事例をもとに、実施手順とその効果を説明する。
2.3.1 ゴールデンサークル理論を用いたビジョンワークの事例
a. ワークの概要と目的
一つ目の活用事例は、ゴールデンサークル理論を用いたビジョンワークショップである。ゴールデンサークル理論とは、サイモン・シネック氏が提唱した、共感から行動を促すための伝え方の理論である(Fig. 5)4)。2010年にTEDが主催した講演会「すぐれたリーダーは如何にして部下の行動を促しているか(How great leaders inspire action?)」で紹介され、マーケティングやチームビルディングの分野において注目を集めている。自分の考えを効果的に伝えるには、具体的な行動や理論よりもまず感情に訴えかける信念や理由を伝えることが重要だとし、「WHY(なぜ)」、「HOW(どうやって)」、「WHAT(なにを)」の順番で伝えることで、他者の共感を得ることができるという考えに基づいている。この理論をチームビルディングの観点で用いることで、チームメンバー全員で共通のビジョンに共感しあい、共創活動のゴールに向かって各々の力を発揮できるチームと成れる。
本事例は、新規事業創出を目指し約1年間活動してきたチームとともに実施した。ワークの目的は、活動ビジョンを明確にし、それに基づく今後の活動方針を定めることであった。
b. ワークの実施手順
ワークの実施手順は、大きく三つの工程に分けられる。第一の工程では、ワークを始める前の事前準備を行う。本事例では、三枚の透明ボードを用意し、周囲を360度歩き回ることができる机上などに多層的に配置した(Fig. 6)。それぞれのボードは、「WHY(チーム活動で実現したいこと)」、「HOW(目指す姿)」、「WHAT(そのためのアイデア)」について議論するエリアとした。議論で用いる透明ボードは、必要に応じて適宜追加することができる。その他、従来のポストイットワークと同じく、ポストイットやペン、ホワイトボードマーカー、丸シールなどを用意した。
第二の工程は、議論に参加するメンバー全員が、自分の意見を付箋に書き出す工程である。この工程は、用意したボードごとに実施することも、すべてのボードをまとめて一度に実施することもできる。
第三の工程は、書き出した付箋の内容を読み上げ、チーム全員と共有しながら、透明ボードに貼りだす工程である。この時、近しい意見の付箋をまとめて貼ることや、対立する意見の付箋を離して貼るなどしながら、チームの見解を整理する。意見の関係を可視化するためには、ホワイトボードマーカーや立体線を用いることができる。
本事例では、まず一つ目の「WHY」のボードについて第二、第三の工程を実施した。チームメンバー全員の意見を共有し、ある程度議論が収束したところで、次のボードに移り、再度第二の工程から議論を実施した。二枚目以降のボードに移った際には、それまでに使ったボードに貼られている付箋と照らし合わせて整理することもできる。
それぞれのボードについて、一通り議論し、目的を達成したらワークショップは終了となる(Fig. 7)。
c. ワークの効果
本事例におけるワークの成果は次のとおりである。
- 一年間のチーム活動の中で、メンバー全員が暗黙のうちに共感しあっていたビジョンを明確に再確認できた。
- 再確認したビジョンに基づき、アイデア群と目指す姿を紐づけて整理し、それぞれの課題を共有することができた。
- その中でも、最も注力すべきアプローチを明確化できた。
これらの成果から、ビジョンワークにおける本手法活用の効果として、次のことが挙げられる。
- それぞれのボードごとに意見を出して整理・議論することができる。
- 抽象的なビジョンから具体的な活動内容へと、相互の関係の中で議論を進行することができる。
- ボードを越えて意見同士の関係が整理されるため、議論の経緯も含めて全体像を可視化できる。
- 議論の項目ごとに使うボードを変えることで、メンバーの気持ちや視点を切り替えて次の論点に移るファシリテーションができる。
上記のことから、本手法は、チームでの結論を導くために議論すべき項目が複数あり、議論すべき項目の順番がある程度確立している議題において、効果的な議論とその進行を促進すると言える。
2.3.2 カスタマージャーニーマップを用いた体験の可視化ワークの事例
a. ワークの概要と目的
二つ目の活用事例は、カスタマージャーニーマップを用いてユーザーの体験を可視化するワークである。カスタマージャーニーマップとは、顧客のゴールまでの一連の体験を旅(ジャーニー)に例え、時系列で可視化した図である(Fig. 8)。デザイン開発やマーケティングの分野で用いられることが多く、製品・サービスの認知から継続利用に至るターゲットユーザーの一連の体験理解や、設計のために作成される。一連の体験を特徴的なステージで区切り、各ステージにおけるターゲットユーザーの主要な目的や行動、感情を、文章や画像、フェイスマークなどを用いて可視化するのが通例である。カスタマージャーニーマップを作成することで、チーム全員の顧客体験への理解を深め、製品・サービスの核となる体験の瞬間について議論できるようになる。
本事例は、発足から数年間活動してきており、開発中の製品・サービスのPoCを控えたチームとともに実施した。ワークの目的は次の二点であった。一点目は、マップによる顧客体験の可視化を通して、メンバーそれぞれの知見を共有し、メンバー間で統一されていない現状の顧客体験への理解度を共通して深めることである。二点目は、特に製品利用前の現状の顧客体験を詳しく可視化することで、製品利用後の理想の顧客体験をより具体的に議論することである。
b. ワークの実施手順
ワークの実施手順は、大きく三つの工程に分けられる。第一の工程では、ワークを始める前の事前準備を行う。本事例では、二枚の透明ボードと一枚の壁面ホワイトボードを用いた。壁面ホワイトボードを最背面とし、その前面に二枚の透明ボードを多層的に配置した。透明・不透明を合わせた3枚のボードには、製品・サービスが導入される現場で働く主要な三つのステークホルダーをそれぞれ割り当て、体験を可視化するエリアとした。本事例でも同じく、議論で用いる透明ボードは必要に応じて適宜追加することができる。一連の体験を時系列で可視化するために、予めボード内のエリアの使い方を二軸で規定した。横軸にはすべてのボードで共通して、体験を構成する特徴的なステップを時系列で割り当てた。縦軸は各ステークホルダーのボードごとに、例えばステークホルダー内の役職の違いや状態の違いを割り当てた。そのほか、ポストイットやペン、ホワイトボードマーカー、タックシール、マグネットなどを用意した。
第二の工程では、議論に参加するメンバー全員で各自が知っている現状の顧客体験について付箋に書き出し、それぞれのボードに貼りだす。本事例では、個人ワークの時間として、各々がすべてのステークホルダーの体験を書き出す時間を取ることとした。この工程は、各ステークホルダーのボードごとに時間を区切って実施することもできる。また、この時、行動を書き出す付箋と感情を書き出す付箋の色を使い分ける工夫をした。
第三の工程では、貼りだされた行動と感情の付箋をもとに、顧客体験を時系列で整理する。この時、行動同士のつながりをホワイトボードマーカーや立体線を用いて可視化することで、製品・サービスに関わる体験の全体像やステークホルダー同士の関係を把握しやすくなる。
第四の工程では、理想的な顧客体験を実現する上で核となる体験の瞬間について議論する。可視化した一連の体験のステージの中で、特に顧客体験を左右するステージに絞って課題や理想を議論し、付箋として貼りだす。この時、理想的な行動の様子やそのつながりを第二・第三の工程とは異なる色の付箋や線で可視化することで、現状と理想の体験の違いが一目で理解しやすくなる。
一通り議論し、目的を達成したらワークは終了となる。(Fig. 9)
c. ワークの効果
本事例におけるワークの成果は次のとおりである。
- 三種類のステークホルダーの体験を可視化し、チームで現状の体験についての理解を深めることができた。
- ステークホルダー同士の関係が、行動のつながりという観点で可視化できた。
- 顧客体験の核となる瞬間をチームで再確認し、その瞬間における製品の挙動について具体的な議論を開始できた。
これらの成果から、カスタマージャーニーマップを用いたワークにおける本手法活用の効果として、次のことが挙げられる。
- 複数のステークホルダーが関わる体験について、包括的に可視化できる。
- 顧客体験全体とその中における核となる瞬間について、議論の焦点を行き来しながら議論できる。
- ステークホルダー同士の各行動のつながりが把握できる。
- 各ステークホルダーの体験を重ねてみることで、検討の抜け漏れに気づきやすい。
上記のことから、本手法は、全体性を保ったまま個々の検討項目にもフォーカスすることに優位性があり、議論の焦点を部分と全体で行き来する議論の進行を補佐する効果があると言える。
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まとめ
本論で紹介した多層的ワークショップ手法とは、共創活動における多角的な議論を、議論の参加メンバーによって多層的に可視化しながら進行するための手法である。本手法を用いることで、組織の壁を越えた多様なメンバーによるface-to-faceでの議論を、誰もが効果的に進行することができる。本手法の最大の特徴である、ワークエリアの多層性によって、複合的な論点の把握と議論や、異なる観点への視点の切り替えをファシリテートしやすく、メンバー全員の焦点を揃えた議論を促進することができる。
3.1 残課題
本手法は現在も開発中であり、次のような課題がある。
a. 長期的なワーク内容の記録
対面での活用を種とするワークショップ手法に共通する課題として、ワーク後に検討の経緯とその内容を如何にして記録しておくか、ということが挙げられる。特に、本手法によるワークの成果物は立体であり、物理的に縮小して保管することは現実的でない。写真や、写真からポストイットの内容を文字起こしするアプリケーションを活用して電子的に記録することは可能ではあるものの、本手法最大の特徴である多層性を保って記録することはできない。独自の記録方法を合わせて開発する必要がある。
b. ワークツールの使い勝手
本手法導入における課題として、従来のポストイットワークと比較し、ワークの準備コストが高いことが挙げられる。安定してコストに見合う成果を出すためには、ワーク準備の手間を軽減することや使い勝手の改善が求められる。ワークボードの配置換えや立体線の引きやすさ、伸縮性など、物理的な課題に対処する必要がある。
3.2. 今後の展望
まずは部門の業務内での活用を開始する。様々な議論のシーンで検証を繰り返しながら活用事例を増やし、実施手順やワークツールの改良検討を進める。将来的には、事業活動の中で活用され、成果を上げることを目指したいと考えている。部門横断での社内共創や、顧客やパートナー企業との社外共創の場において、チームビルディングやチーム内での共通認識の構築に活用し、効果を発揮していきたい。