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はじめに
巡回健診業務は、健診バスにて診療放射線技師(以後、技師とする)がX線撮影した画像を可搬媒体に保存し、健診バスが巡回先から健診施設に帰着した後、当該可搬媒体を介して健診施設内の画像管理システムへのデータの取り込みが行われており、当該データの登録業務が大きな負担となっている。また規模の大きい健診施設では、健診バス1台あたり30~40個の可搬媒体を管理していることから、可搬媒体の紛失などのセキュリティーリスクにさらされており、管理業務も大きな負担となっている。
画像診断業務は、膨大な数量の画像を短時間で正確に読影することが求められており、特に検査数が多い胸部単純X線検査では、画像診断医は読影の見落としのリスクにさらされている。また、健診における読影は2人以上の画像診断医が読影を行う二重読影が推奨されており、読影の要件を満たす画像診断医の確保や読影体制の安定的な維持が難しくパートや非常勤医の採用および遠隔読影サービスを利用するケースもあり、読影コストが高くなってしまっている。
このような課題に対してコニカミノルタは、医療ICTクラウドサービスinfomity (インフォミティ) と高付加価値ソフトウェア (CXR Finding-iおよびBone Suppression処理) を組み合わせた「健診向けクラウドAIソリューション」を2023年に開発した。本ソリューションはクラウドを介して健診バスと健診施設を繋ぐことにより、撮影終了~読影開始までのシームレスなデータ転送を提供することで、データ取込業務フローの改善および可搬媒体紛失などのセキュリティーリスクの低減を実現し、クラウド経由で高付加価値画像 (CXR Finding-i解析画像およびBone Suppression処理画像) を提供することで、画像診断医の読影の質の向上に貢献する。
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健診向けクラウドAIソリューションについて
「健診向けクラウドAIソリューション」は、コニカミノルタの医療ICTクラウドサービスinfomityのデータ転送と高付加価値画像生成からなるクラウドサービスと、クラウドサーバーを介した健診バス、健診施設とを安全に接続し検査画像の相互伝送を担うGateway製品であるSenciafinder Cloudから構成されるシステム (Fig. 1) となる。
本システムを導入することで、自動転送によるデータ管理業務の効率化と可搬媒体の紛失リスク低減を実現しつつ、クラウドサーバー上でのBone Suppression処理画像や胸部AI解析画像を提供することにより画像診断医の読影業務の効率化と読影時の見落とし防止の効果が期待できる。
2.1 Senciafinder Cloud
Senciafinder Cloudは、Gateway製品として、処理状況を監視することが主な機能となるが、その他に健診施設で動作するReceiverモードと健診バスで動作するSenderモードによる画像データの伝送機能がある。
施設で操作するReceiverモードは、複数の健診バスの検査データを一覧表示するため、情報量の多さから大きい画面にリスト表示することが求められるが、健診バスの狭い車内スペースで操作されるSenderモードでは、作業を行う上で必要な情報に限定して表示する必要がある。
2.1.1 業務内容に合わせたデザイン
巡回健診バスには、狭い車内スペースに検査装置が設置されており、新たに機器を設置するスペースは限定される。また、巡回健診バスで業務する技師は、別の医療機関にて勤務しておりパートとして撮影業務に就く場合が多く、また担当の入れ替わりも多いため、システム利用するための教育に十分な時間をかけることは難しいとされている。
そのため、巡回健診バスで使用されるSenderモードは、システムの起動・終了の簡単な操作性やシンプルな画面上での画像データの処理状況の把握などが求められる。
また、巡回健診バスからインターネットに接続するためにモバイルルーターを利用しているが、通信品質がデータ伝送処理に大きく影響するため、撮影業務を行っている技師にリアルタイムに伝送状況を通知することも重要となる。
これら必要性を考慮し、Senderモードの画面では、中央に大きく受信検査数とクラウドへの送信検査数を表示し (Fig. 3 (a))、通信状態を青 (正常)・黄 (速度低下)・赤 (切断) (Fig. 3(b)) として画面上部に色分けして大きく表示している。これにより、技師は検査装置を操作しながら、Senciafinder Cloudの画面モニタをチェックすることで画像転送の状況を把握できるようにした。
2.2 医療ICTクラウドサービスinfomity
本サービスは、巡回健診バス、健診施設などのオンプレミスの装置とクラウドサービスをインターネットを介して接続するサービスである。近年セキュリティーリスクの脅威が増しており、VPNルーター機器に対する脆弱性を狙ったサイバー攻撃も増加していることから、infomityとの接続は、VPNを使用せず、高度なセキュリティー機能を備えたクラウドプラットフォームを使用したデータ転送を実現している。このクラウドプラットフォーム (Fig. 4) では、ユーザーの認証と適切な権限の付与に基づくアクセス制御を実施し、データ暗号化を行うことでデータの安全性を確保している。
また、クラウド内で胸部AI処理と胸部Bone Suppression処理を行うことで、高付加価値画像を生成し、検診施設に提供している。クラウド上のシステムは可用性を高めるために冗長化しており、障害発生やメンテナンスの際でもサービスの提供が継続される設計となっている。
また、クラウドサービスは、安定した処理性能を提供する必要があるが、巡回検診バスにて撮影される検査画像の発生量は時間帯や繁忙期などによって大きく変化するため、最大発生量に合わせて常時サーバーを稼動させて処理することは、サービス提供にかかるコストの増加につながる。そのため、稼働サーバーの数を発生量に応じて動的に変化させることで、発生コストを適正化し、業務維持コストを抑制する仕組みを採用している。
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技術紹介
3.1 Serverless Architecture
健診市場では時間帯や繁忙期によって業務量に大きな差が生じる。このため、処理効率の最適化とコスト削減を図る目的で、当ソリューションではサーバーレスアーキテクチャを採用した。サーバーレスアーキテクチャとは、物理的または仮想的なサーバーの運用や管理をユーザーが行わず、クラウドサービスプロバイダーが動的にリソースを割り当てるシステムのことである。この手法により、サーバーベースのアプローチに比べてプロビジョニングや運用の複雑さが軽減され、スケーラビリティと可用性の向上を高める。また、ピーク時の高負荷状況下でも安定したパフォーマンスを維持し、運用コストの最適化を実現する。
3.2 Auto Scaling
本製品では、クラウドを通じた即時データ転送によって迅速な対応が可能となることを重視し、アップロードされた画像を30分以内に処理が完了することと定めた。
固定の画像処理サーバーを設置する場合、ピーク時の高負荷に対応するために多くのサーバーを常に待機状態にしておく必要があるが、閑散期にこれらのサーバーを稼働させ続けるのはコスト効率が悪い。この問題を解決するために、アプリケーションやサービスの負荷や需要に応じてリソースの量を動的に調整する自動スケーリング技術であるAuto Scaling (Fig. 5) を採用した。この技術により、必要時にはサーバーの数を自動的に増やし、不要になった場合にはサーバーを停止させることでコストを最適化する。
3.3 Cloud Security
健診バス運用の解決すべき課題として可搬媒体の取り扱いがあり、この課題解決のため、モバイルルーターでのシームレスなデータ転送を実現しているが、このインターネット接続に対するセキュリティー対策も重要要件となる。対策としてOSのファイアウォールと通信フィルターにより、不要な通信は切断する基本対策をしつつ、クラウド側も「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第5.2版」と「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン(令和4年8月)」に準拠するため、TLS 1.2プロトコルを用いた暗号化と、クライアント証明書の使用によってセキュリティーを確保している。さらに、アクセス時に一時認証キーを発行することで、不正アクセスのリスクを大幅に減少させ、データの安全性を高めている。
3.4 Bone Suppression処理、CXR Finding-iについて
健診にて最も撮影数が多い胸部単純X線検査は、肺がんをはじめ多くの疾患を検出することができるが、肋骨や心臓などの複数の解剖学的な組織が肺と重畳して写し出されるため、読影が難しい検査と言われている。コニカミノルタでは、この課題を解決するソリューションとして、Bone Suppression処理とCXR Finding-iを提供している。Bone Suppression 処理は、胸部単純X線画像で撮影された画像(Fig. 6 (a))を入力とし、肋骨および鎖骨の信号を減弱した画像(Fig. 6 (b))を提供する画像処理技術である。医師が頭の中でイメージしている、「鎖骨/肋骨の減弱像」を可視化することで、肺野内の骨に重なる病変の視認性を向上させ、胸部読影を強力にサポートする。CXR Finding-iは、専門医のスキルを学習したAIが胸部単純X線画像を解析し、肺がんが疑われる所見である結節・腫瘤影、肺炎や結核などの所見である浸潤影の候補を検出すること(Fig. 6 (c))で、見落とし防止を支援する。以下、肺がん健診にて有効であった一例を紹介する。胸部単純X線検査にて、CXR Finding-iが肋骨と重なる陰影を検出し、Bone Suppression画像を確認することで、CT検査要否の判断が出来た例である。これらの技術とinfomityクラウドサービスを組み合わせることで、より多くの臨床現場のワークフロー効率化や診断性能の向上に貢献できると考えている。
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まとめ
コニカミノルタはinfomityクラウドサービスと高付加価値アプリ (CXR Finding-iおよびBone Suppression処理) を組み合わせた「健診向けクラウドAIソリューション」を開発した。本ソリューションは健診業務のDX化と読影業務における診断の質の向上に寄与すると考えている。今後はマンモグラフィ検査および消化管造影検査など対象検査を拡張するとともに、健診IDマッチングの自動化も視野に入れ、さらなる健診業務のDX化を図る。また、クラウドに搭載する高付加価値アプリケーションを拡張することで、マンモグラフィ検査の高付加価値画像なども提供し、さらなる診断の質の向上を図っていく。