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緒言
1-1. 背景
脱炭素社会の実現に向けバイオ由来燃料の利用や電動化が進む輸送機器(自動車、航空機等)を中心に、軽量で高強度を実現し得る繊維強化樹脂の成形品が採用されるようになってきた1)。実用的な成形品は機械的物性、熱物性、耐候性、成形性に代表される複数の物性を同時に満たす必要があるため、非常に複雑な条件の最適化が求められてきた。一方、繊維強化樹脂成形品は、樹脂物性、繊維物性、樹脂と繊維の界面での相互作用、そして成形加工プロセスにおける熱履歴や繊維と樹脂の流動性などが複雑に絡み合いながら複数の目的物性を実現している。そのため、混練や成形の条件最適化に膨大な労力を要し、産業界において開発期間の短縮が望まれてきた。
近年、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)2) に代表されるデータ駆動型のアプローチにより、材料・プロセス開発の効率化が進んでいる。その中でも近年産業技術総合研究所の室賀・畠らにより提案された材料化学分野におけるマルチモーダルAIによる複雑な材料の多様な物性の予測3-5) の基本概念が広がりを見せている。材料分野に限らない多様な産業分野へと展開できる技術であるとして、非常に多様なAIの実現と普及が進められている6)。その中でもコニカミノルタでは保有する独自の様々な産業向け計測ソリューションを組み合わせたDXソリューションの社会実装に向けた取り組みを行っており、産総研と共同で繊維強化樹脂をモデル材料にしたマルチモーダルAIに関する研究開発に取り組んでいる。
本報告では、繊維強化樹脂内部の構造を多角的に捉えた計測データを統合し、複数の機械的物性や熱物性を予測するマルチモーダルAIとその適用事例について紹介する。
1-2. マルチモーダルAIを用いた繊維強化樹脂開発のDX
我々が考えるマルチモーダルAIによる繊維強化樹脂の研究開発における新たな価値をFig. 1に示す。顧客が抱える多様な成形品を当社が保有する多角的な手法により計測しAIへの入力にすることで、構築したマルチモーダルAIは条件最適化や不良品の原因解明などの人では困難な新たなソリューションの提示を可能にする。本技術は、材料や成形加工の技術者への知見創出に、計測やAIを最大限に活用したスキームであるため、関係者間で皆に利益をもたらす新たなサプライチェーンの実現が期待される。
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Fig. 1 Value proposition in fiber reinforced plastics using MDL
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実験
我々は繊維強化樹脂におけるマルチモーダルAIの概念を実証するために、ポリカーボネート樹脂系繊維強化樹脂複合材料の試作と評価を行った。短繊維のマスターバッチに複数の異なる添加剤をコンパウンドし、射出成形を行うことでダンベル試験片(JIS K7139 A1型)およびノッチ付きシャルピー試験片(JIS K 7111)を作製した。ここで用いた繊維は炭素繊維及びガラス繊維、添加剤は酸化防止剤、紫外線吸収剤、可塑剤である。我々は直交表を起点に条件を加えた80水準の成形品の多角的な構造評価と物性測定を行い、マルチモーダルAIの構築に用いた(Fig. 2)。
マルチモーダルAIへの入力に用いた多角的な構造評価法はX線回折法、赤外分光法、蛍光指紋法、X線タルボ・ロー計測7)8)、超音波計測、及び光学顕微鏡観察からなる6種類の異なる手法である。これらの計測手法は異なる構造情報を捉えることができ、それぞれ結晶性、官能基、電子状態、繊維配向、密度、表面モルフォロジーといった相補的な情報に対して感度を有する。また、最適化を行う成形品の機械的物性及び熱物性は、比強度、比弾性率、破断伸度、衝撃強度および荷重たわみ温度の5種類を選定した。
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Fig. 2 Experimental workflow to develop MDL for designing FRPs
構築したマルチモーダルAIでは、材料条件を入力に、複数の生成モデルにより複数の構造情報を迅速に生成し、これらを統合することで物性予測を行うものである(Fig. 3)。ここで材料条件から構造情報を生成する上で、スペクトルデータは条件付き変分オートエンコーダ(C-VAE)9) を、画像データは条件つき敵対的生成ネットワーク(C-GAN)10) の中でもBigGAN11) のモデルを用いた。最終的な成形品の物性予測において、我々は異なる構造情報ごとに特徴量を抽出する層を経て物性予測値を出力するモデル構造を独自に設計し、材料条件の入力から構造情報生成、物性予測まで一気通貫に行うことを可能にした。
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Fig. 3 Functional block diagram of MDL for designing FRPs
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結果と考察
3-1. 計測データの生成
我々の構築したマルチモーダルAIのモデルにおける前半部に該当する、材料条件と構造情報を繋ぐ生成モデルについて紹介する。本稿ではまず、生成モデル出力が測定データを再現しているか確認した。Fig. 4は学習データの中から複数条件をランダムに選択し、X線回折スペクトル及び表面の光学顕微鏡画像を学習済みのC-VAEやC-GANに生成させて測定データと比較した結果である。生成したX線回折スペクトルおよび光学顕微鏡画像は測定データと類似しており、妥当なデータ生成が行えていることが確認できる。
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Fig. 4 Comparison of experimental condition dependence between generated data and measured data.
(a) XRD spectra. (b) Optical microscope images.
次に、最も典型的な繊維量の異なる条件を与えて、X線回折スペクトル及び表面の光学顕微鏡画像を学習済みのC-VAEやC-GANに生成させた結果を示す。Fig. 5は炭素繊維及びガラス繊維の異なる濃度を与えた際に生成されたX線回折スペクトルの変化を示したものである。モデルが生成したスペクトルは炭素繊維の25°付近の炭素(002)面の回折ピークの変化や、ガラスの非晶質な構造に起因する強度全体の変化を明瞭に捉えた結果であった。また炭素繊維濃度の異なる生成画像(Fig. 6)は、濃度変化に対応した表面形状の違いや濃淡の変化を反映し空間内の密度や配置の特徴を捉えたものになっていた。このような構造情報の特徴を生成モデルに学習させることは、条件間の差異を捉えることや物性予測への活用などへ繋がる新たなDXの形であると我々は考えている。
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Fig. 5 X-ray diffraction (XRD) spectra of FRPs calculated by generative deep learning. Effects of (a) carbon fiber, (b) glass fiber content on the generated XRD spectra.
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Fig. 6 Effects of carbon fiber on the generated optical microscope images
3-2. 機械的物性及び熱物性の予測
我々の構築したマルチモーダルAIの後半部では機械的物性及び熱物性の予測値が迅速に出力される。ここではモデルによる予測値の精度検証のために一個抜き交差検証法(LOOCV)による計算を行った。これはモデルの学習から除外する標本を1条件選定し、学習と除外した標本の予測を行い、学習と除外する組み合わせを変えて全条件による予測結果から精度を出力する手法である。今回計算を行った結果では比強度、比弾性率、衝撃強度は決定係数が0.9以上の値を示し、破断伸びと荷重たわみ温度は少し低めの値であった(Fig. 7)。材料物性の計測ばらつきもあるが、本モデルは充分候補条件の選定が可能な精度を保有すると判断し、後述の条件最適化に本学習済みのマルチモーダルAIを使用した計算を行った。
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Fig. 7 Results of leave-one-out cross-validation
3-3. 仮想スクリーニング計算と検証実験
マルチモーダルAIを用いて実際にいくつかのシナリオを設定し、計算機による膨大な予測から候補条件の出力を行った結果を示す。学習済みのマルチモーダルAIを用いて10000条件の予測を行い、その中で一部の比強度と破断伸度の関係を示したものがFig. 8である。10000もの条件を実際に実験で行うことは困難であるが、マルチモーダルAIを用いることで、本稿で使用した計算環境(CPU: Intel社 Xeon GOLD 6128 12 Core, CPU Memory: 96GB, GPU: NVIDIA社 RTX A6000 48GB)では2分間で実行可能というように、極めて高速かつ網羅的な探索が可能になった。実際にFig. 8で可視化した予測値の傾向を見ると、比強度と破断伸度は相反的な関係にあり、上部境界(パレート解)を有する予測値の集団の傾向が観察された。繊維強化樹脂においては脆性的な破壊が支配的であり、用途に応じてどこまで材料靭性を持たせるかの調整が必要である。本マルチモーダルAIを用いた計算は、目標とする靭性に応じて到達しうる強度の目途が立てられる結果を出力するため、条件最適化へ用いることが可能になった。実際にパレート解から12水準を選定し、検証実験を行った結果をFig. 9に示す。予測値と実測値が合致した傾向が見られ、予測に基づき材料の作り分けが可能であることが確かめられた。
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Fig. 8 (a) Virtual screening of multimodal deep learning for conflicting multiple properties of FRPs. (b) Pareto optimal conditions and their compositions from the virtual screening.
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Fig. 9 Results of prediction validation experiment. Selection and prototyping of 12 samples of pareto solutions.
3-4. 計測と目的物性の関係解析
最後に物性の予測に与える構造情報の寄与を解釈する解析を行った。構造情報の相対的な寄与を定量化する手法4) もあるが、ここでは構造情報の各位置のローカルな寄与を定量化することを目的に、ゲーム理論に基づく統計的手法の1種であるSHAP(SHapley Additive exPlanations)解析12) を行った。SHAP値を用いることで各スペクトルの位置や画像中における目的物性へ寄与の大きい場所を定量化することが可能である。ここでは一例としてX線回折スペクトルと光学顕微鏡画像に対する比強度、比弾性率、衝撃強度の計算を行った結果をFig. 10に示す。計算結果は炭素に帰属されるピークや、画像中の繊維/樹脂界面に寄与の値が大きくなるなど、材料開発に携わる人間にとって示唆的な結果を示した。マルチモーダルAIを用いた目的物性の材料条件依存性の解析は、人間にとって完全な解釈に至る解析結果を示すとは限らないため、こうした予測と計測データに基づいた解釈に繋がる結果を元に人が材料化学的観点から主体的に考察を行うことで、条件最適化と納得感を得るための情報を得ることができる。
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Fig. 10 SHAP values of the generated XRD spectrum and the OM image. Each Figure shows generated data and SHAP values for an individual target variable.
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結言
本報告では、繊維強化樹脂の多様な物性を予測する新たなDXを実現する技術であるマルチモーダルAIをコニカミノルタと産業技術総合研究所で共同開発した研究開発事例を紹介した。構築した技術は繊維強化樹脂をモデル系として産業分野における解析ソリューション事業の社会実装を行う上でキーとなるものであり、マテリアル、プロセス、計測、AI全てのパートナーを繋ぐ新たな架け橋になるものと期待される。今後はモデルの高度化・精度向上や新たな活用法の模索のみならず、その先にある材料化学分野のDXの開拓を通じて、脱炭素社会や資源循環などの実現に向けて貢献していきたい。
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謝辞
本研究にあたりましては、産業技術総合研究所ナノカーボンデバイス研究センターの畠賢治研究センター長をはじめとして研究者の皆様のご助言、コニカミノルタ株式会社の関連部署の皆様のご支援のおかげで本マルチモーダルAIの構築が可能になりました。この場を借りて心より感謝申し上げます。
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出典
本報告は、プラスチック成形加工学会 第35回年次大会において2024年6月20日に行われた下記発表の予稿について、プラスチック成形加工学会から転載利用許諾を得た上で、文章と図面の修正および追加を行ったものです。転載利用許諾を承認いただいたことについて、この場を借りて御礼申し上げます。
[C-201] 繊維強化樹脂成形加工のDXに向けたマルチモーダルAI技術の開発
*大澤 耕1, 奥山 倫弘1, 荒木 勇介1, 髙 友香子1, 小島 茂1, 成毛 章容1, 室賀 駿2
- コニカミノルタ株式会社, 2. 産業技術総合研究所