1 緒言
従来、撥水・防汚コーティングの高性能化には、低表面エネルギーを有するフッ素化合物(–CF₂–, –CF₃基)を導入した表面修飾が広く用いられてきた。その代表的化学物質がフッ素系材料(PFAS)であり、調理器具やディスプレイの防汚コーティングに用いられてきた。しかし近年、PFASは環境中で分解されにくく長期残留する「永遠の化学物質」として、その有害性と環境負荷が国際的に強く問題視されている。PFASが使用不可となった場合、撥水・防汚・撥油などの機能低下や製品寿命の低下が起こることが想定される一方で、PFAS代替技術は性能・耐久性・コストの両立が難しくより実用性の高い代替技術が求められている。欧米や日本を含む各国で規制・段階的使用禁止が進む中、PFASに依存しない撥水・防汚技術の確立は急務である。これに対する代替アプローチとして、(1)フッ素を用いない低表面エネルギー材料による化学的撥水膜形成1)と、(2)表面の微細構造により液滴の接触面積を低減する構造的撥水2)がこれまで検討されてきた。
一方、撥水・防汚性能は用途や基材、要求耐久性によって最適条件が変化するため、微細構造と表面コーティング材料を同時に設計・最適化する必要がある。しかし従来の研究の多くは、微細加工による構造設計、あるいは化学的表面修飾のいずれか一方に焦点を当てた検討に留まっており、両者を統合して最適化するための知見は十分ではなかった。
本研究では、化学的表面修飾に過度に依存しない構造的撥水を基本方針としつつ、シリコーン系・アルキル系の化学的表面修飾を組み合わせることで実用に足るPFASフリー撥水技術の確立を目指した。
2 実験
PFASを含まない撥水系の設計における課題は、従来のフッ素系撥水剤が示す水準の撥水性能を化学的低表面エネルギーのみに依存して実現することが困難であることにある。そこで本研究では、表面の微細凹凸構造に起因するロータス効果(Cassie–Baxter 状態の安定化)に着目し、PFASを用いずにフッ素系材料に匹敵する撥水性の発現する手法の開発を行なった。
2-1. 撥水材料の表面エネルギー測定
撥水性を説明するうえで、濡れ性は重要な指標となる。濡れ性とは、液体が固体表面上でどれだけ広がりやすいかを示す性質であり、固体の表面自由エネルギーと液体の表面張力の相互作用によって支配される。固体表面に液滴を置くと、固体–気体界面(sv)、固体–液体界面(sl)、液体–気体界面(lv)の三つの界面が同時に存在し、それぞれの界面自由エネルギーが最小になるように液滴形状(接触角θ)が決まる。接触角θはYoungの式
で記述される。さらにYoung–Dupré式により付着仕事Wsl は、
と表され、接触角測定は固体表面のエネルギー状態を反映する評価となる。
本実験では、フッ素系材料と非フッ素系材料の表面自由エネルギーの違いについて、表面自由エネルギーを成分分解(分散力成分、双極子成分、水素結合成分)することで材料の違いによる比較を行った。試料として、フッ素系材料の代表例であるテフロン(PTFE)及び、非フッ素系材料としてシリコーン系、炭化水素系材料を用いた。表面自由エネルギーは、n-ヘキサデカン、ヨウ化メチレン、水の3種類の溶媒を用いて接触角を計測し、表面自由エネルギーを拡張Fowkesの理論を適用して算出した。それぞれの接触角及び、そこから算出された表面自由エネルギーをTable 1に示す。
Table 1 Components of Surface Free Energy for Various Materials
今回の結果により、表面自由エネルギーはフッ素系材料、非フッ素系材料ともに同等であるのに対し、各溶媒に対する接触角はPTFEが良いことが分かった。これは接触角は分散力成分の影響が大きいことを示唆する結果となる。分散力成分は化学構造由来で決まるものであり、非フッ素系材料でフッ素系材料と同等の表面自由エネルギーを実現することには限界があることが分かった。そこで我々は発想を転換し、構造的なアプローチにより撥水性を向上することとした。凹凸構造と材料特性の組み合わせを検討するにあたり、本研究では自然界で高い超撥水性を示すハスの葉の表面構造に着目した。ハスの葉には、数十マイクロメートル規模の突起の上にロウ層が覆う構造となっており、この構造により空気層を形成し超撥水性が発現する。本研究では、このハスの葉の構造を模倣し、サブミクロン〜数十マイクロメートルスケールの凹凸構造を形成したうえで、非フッ素系材料との組み合わせによる撥水性・撥油性の発現条件を検討した。
2-2. 表面微細構造の作製
本検討では、狙っている表面の凹凸構造を実現するプロセスとしブラスト方式を用いることとした。基材にはシリコンウエハ(t=0.5 mm)を用いた。ブラストは圧送式ブラスト装置を用い、噴射媒体はアルミナ(粒子#320~#2000)を用い、ブラスト条件を調整することで表面粗さの異なる試料を作製した。今回作製した試料の表面粗さの測定結果をTable 2に示す。表面粗さはレーザー顕微鏡を用い測定を行った。
Table 2 Surface Roughness and Topographical Features
3 結果と考察
狙い通りの効果が得られているかを検証するため、表面に凹凸構造を形成した構造体に対して、非フッ素系材料(シリコーン)をコーティングし、撥水性・撥油性について評価を行った。表面粗さと濡れ性の関係を明らかにするため、ブラスト加工により粗さを段階的に制御した試料について、水および油(オレイン酸)の接触角を測定した。表面粗さと接触角の関係をFig. 1に示す。
Fig. 1 Effect of surface roughness on contact angle after coating with silicone materials.
水の接触角は、Saの増加に伴い上昇する傾向を示した。具体的には、未加工の平坦面(Sa = 0.005 µm)における接触角が102.9°であったのに対し、Sa = 1.20 µmの微細凹凸面では124.4°まで達した。これは、凹凸構造により固液接触面積が減少し、空気層を介したCassie–Baxter状態となったためと考えられる。
一方、オレイン酸に対する接触角は、水に比べて全体的に低い値を示し、Saの増加による改善幅も限定的であった。平坦面での接触角は57.3°であり、Sa = 1.20 µmの凹凸面でも67.8°に達し、非フッ素系材料(シリコーン)を用いフッ素系材料(PTFE)と同等の接触角を達成した。ただし、今回の結果では水とオレイン酸で、接触角の向上効果の差が大きいことが分かった。今回の測定結果をもとに、Cassie-Baxterの理論式における見かけの溶媒/固体表面の接触面積比を算出した。表面粗さに対し水、油(オレイン酸)のそれぞれの接触面積率を算出した結果をFig. 2に示す。
Fig. 2 Relationship between surface roughness and fractional surface area
水では表面粗さが大きくなるにつれ接触面積比が低下しSa = 1.20 µmの凹凸面で接触面積比は0.56にまで低下することに対し、オレイン酸ではSa = 1.20 µmの凹凸面でも接触面積比は0.90に留まることが分かった。これは、オレイン酸が水より表面張力が低く、凹凸内部へ浸入しやすいためCassie状態の維持が困難であることに起因すると解釈される。本検討により、表面の凹凸構造と非フッ素系材料(シリコーン)の組み合わせにより、フッ素系材料(PTFE)と同等の撥水・撥油性を実現することは出来た。一方で油(オレイン酸)に対して構造による効果が十分に発現していないことも今回の検証により明らかになった。油や有機溶剤のような更に低表面自由エネルギーの液体に対してより構造の効果を発現するには、より液滴の侵入しにくい構造にする必要がある。構造としてフラクタル構造や逆テーパー構造が考えられ、今後、最適な構造設計を進め、更なる撥液性の向上に取り組んでいく。
4 結言
本研究では、PFAS規制の強化を背景に、PFAS(フッ素系材料)に依存しない撥水技術の確立を目的として、微細構造設計とフッ素フリーの低表面自由エネルギー材料の組み合わせを検討した。微細構造および表面コーティング材料を検討した結果、Cassie–Baxter状態を安定的に形成・維持できる構造条件と、シリコーン材料による表面エネルギー低減の相乗効果を見出し、PFASを一切使用せずにフッ素系材料(PTFE)と同等レベルの高い撥水性能を実現した。これは、従来別々に検討されがちであった「構造」と「化学」の両要素を用途に応じて最適化することの有効性を示すものであり、環境負荷低減と高機能性の両立に向けた重要な知見を提供する。
さらに、本技術は材料選択や適用基材の自由度が高く、光学部品、センサー、ディスプレイカバー、医療デバイスなど幅広い分野への展開が期待される。今後は、量産プロセスへの適用に向けた微細加工のスケールアップと耐久性評価を進めるとともに、撥油性・防汚性など他機能との複合化を深化させることで、より実用性の高い表面技術へ発展させていく予定である。