1 緒言
近年、デジタル化の進展や生成AIの実用化、サステナビリティ経営の拡大、さらにグローバルなサプライチェーン変動などにより、企業を取り巻く環境は急速に変化している。こういった環境下では、特に複数の事業領域を展開するコングロマリット型企業や、長年にわたり多様な製品・技術を蓄積してきた歴史あるメーカーにおいて、事業間を横断して新たな価値を創出する能力が求められており、既存事業とそれを支える技術の強化のみならず、外部環境変化を補足した上で企業全体のアセットを再構成し、新たな事業・応用領域へ連続的に展開していく組織能力も重要であると言われている1, 2)。中でも、技術に関する多様な知識・技術資産ポートフォリオを有する企業では、技術資産を全社的に把握し再整理することが不可欠であり、こういった背景のもと、コニカミノルタでは自社に蓄積された技術を体系的に整理し、技術基盤の共通性、強みの源泉、ならびに技術間の連続性を明確化する取り組みを継続的に進めている。その中核となる活動の一つが「技術棚卸」である。
技術棚卸とは、企業が保有する技術を整理し把握する活動として知られる。企業におけるこの活動は、しばしば技術報告書や特許情報などを基に、技術の専門家による手作業の整理と暗黙知に依存して行われるため、網羅性、客観性及び継続性に欠けやすく、以前からこれらの課題へアプローチする技術棚卸の手法が提案されてきた3)。また、歴史的には、属人性を排除し、複雑化した製品を機能単位へと階層的に分解して可視化する技術棚卸のフレームワークが古くから開発されており、その代表格として知られるのがValue Engineering(VE)やFunction Analysis System Technique(FAST)等の手法である4-7)。これらのフレームワークの導入により、技術棚卸における属人性は低減できる一方で、技術棚卸を実施する有識者がもつ技術情報の粒度がそれぞれ異なるなど、完全に属人性を排除できるわけではない。加えて、技術棚卸の結果として出てくる情報は膨大であるため、全社に存在する多数の製品の技術棚卸情報を網羅的に集約し、さらにそれを分析して事業化に向けた技術の応用検討を行う場合には、人力で扱える情報量を大幅に上回ることが想定され、網羅性の点でも依然として課題が残っている。
そこで本研究では、従来の人手に依存した技術棚卸が抱えてきた属人性、網羅性及び継続性の課題に対し、生成AIによる技術情報の抽出・構造化と有識者ヒアリングによる検証・補正を組み合わせた技術棚卸プロセスを構築し、適用することで課題解決へアプローチする。まず、生成AIを用いて網羅的かつ構造的に技術情報を抽出・構造化し、その結果を有識者が確認することで、技術棚卸の初期段階である候補技術の洗い出しにおけるばらつきを抑えつつ、技術資産を整理することを目指す。続いて特定の製品群を対象とした適用事例を通じて、本論文で提案する技術棚卸プロセスが属人性・網羅性の課題をどの程度まで改善し得るかを定性的に検討するとともに、生成AIを活用することによる俯瞰的な視点や技術棚卸プロセスの再現性といった副次的効果、およびその限界についても考察する。さらに、生成AIにより抽出・構造化された技術情報を手がかりに、自社技術の強みや他事業への転用可能性を把握し、新規テーマの着想につなげる意義を論じる。本取り組みは、コニカミノルタが既存技術を基盤として応用領域を連続的に拡張し新たな価値を創出する地続きの技術経営を推進するための基礎的検討であるとともに、生成AIを実務プロセスに組み込み、研究開発における生産性と創造性の向上を図るDX実践の一例として位置づけられる。
2 実験
本研究では生成AI技術を活用した技術棚卸プロセスを設計し、プロセス内で選定した製品群に適用して検証を行った。本章では、その具体的な4つの手順について順に述べる(Fig. 1)。
Fig. 1 Schematic diagram of the process of AI-assisted technology portfolio visualization.
2-1. 製品リストの正規化
まず、全社から製品リストの収集を行い、製品とそれを構成する構成要素の粒度を整理し、その中から技術棚卸を実施する対象を選定した。
2-2. Function Analysis
次に、VE及びFASTの概念を参照し、製品構造の体系的把握を行った。FASTとは、機能を「手段―目的(How–Why)」関係で展開し、各機能の論理的関係を明示するフレームワークである。ここでいう「機能」とは、「○○を△△する」という名詞+動詞で表現される、物事の働きを示す言葉である。Fig. 2に示す機能系統図は、製品機能を階層的に整理するロジックツリーである。最上位には製品の基本機能が配置され(F0)、それを達成するための手段(How)が下位機能として展開される(F1~F3)。逆に、各下位機能がどのような目的(Why)のために存在するかはF0を参照することで明示される。また、機能系統図のうち、基本機能に位置する機能を上位機能、それを手段へと細分化した機能群を下位機能と呼ぶ。
Fig. 2 Structure of FAST diagram. This diagram illustrates the relationship among functions in a target product based on the Why–How logic of FAST.
本研究では、大規模言語モデル(ChatGPT)を用いてVE、FASTに基づく機能のロジックツリーを作成するAIエージェント「機能ばらしAI」を作成した。機能ばらしAIでは、対象とする製品を上位レベルから下位レベルへ階層的に分解した構成要素リストを自動作成し、各階層に付随する機能を自動抽出できるようプロンプトを設計している(Fig. 3)。この図は、製品を構成要素(C1~C3、Cα~Cγ)と、それらに対応する機能(F1~F3)へと階層的に分解したものを示している。左から右に進むにつれて粒度は細かくなり、一番右で構成要素と機能の対応関係が示されている。製品全体(P0)から下位の構造に至るまで、階層的に構成要素を整理することで、製品のどこにどのような機能、すなわち技術が存在するのかを明確にしている。
Fig 3. Conceptual diagram of outputs from a function analysis AI.
2-3. 技術の強み分析
前項で整理した階層構造を基礎として、ChatGPTを用いてAIエージェント「強み分析AI」を、「機能ばらしAI」とは別個に作成した。強み分析AIは、各構成要素が有する技術的優位性を二つの観点から整理するAIエージェントである。具体的には構成要素や製品自体が発揮する「部材・動作原理」の技術と、要素や製品を成立させる過程で技術者・設備が発揮する「設計・製造」というプロセス技術の二軸に分けて強みを抽出し、その性質を記述・整理できるようプロンプトを調整したものである。
2-4. 有識者ヒアリング
さらに、生成AIが抽出した内容については、実際の開発・設計担当者や関連する有識者へのヒアリングにより妥当性の確認と補正を行う手順を組み込んだ。この検証プロセスを通じて、分析結果の信頼性を確保すると同時に、生成AIの出力に内在するハルシネーションやモデル・プロンプト依存性の影響を、人による妥当性確認と補正によって抑制する。
3 結果と考察
本章では、前章で述べた生成AIを活用した技術棚卸プロセスを製品に適用した結果について述べる。前章で述べたように、全社製品リストから技術棚卸の対象となる製品本体のみを抽出した上で、VE、FASTに基づいて各製品を階層構造に分解し、その機能を示すAIエージェント「機能ばらしAI」により構成要素と機能を抽出した。さらに、抽出された構成要素に対してその強みを抽出するAIエージェント「強み分析AI」を用いて、「部材・動作原理」と「設計・製造」の二軸で技術的優位性を整理し、その結果を有識者へのヒアリングにより検証するという手順で技術棚卸を実施した。
具体的な検証事例として感光体に対して技術棚卸を実施した例を示す。本研究における技術棚卸プロセスを適用した結果、商業用印刷機という製品を感光体という構成要素単位まで分解することで、構成要素に内在する技術を体系的に整理することが可能となった。抽出された技術情報は、製品カテゴリおよび構成要素の階層情報と対応付けて整理・記録した。詳細は割愛するが、例えば商業用印刷機においては「ドラムユニット→感光体→塗布層→(UCL/CGL/CTL/OCL)」という階層構造に対し、各層の技術(Technology)、機能的役割(Function)、強み(Strength)、および制約条件(Limitation)を生成AIが自動抽出し、有識者が確認することで整理した(Fig. 4)。この処理により、製品構成の階層情報と、各構成要素に付随する技術・機能・強み・制約の情報を、共通のデータ構造上で一体的に扱えるようになり、感光体以外においても対象とした製品群に関しては、俯瞰的な技術分析を行うための基盤を構成することができた。
Fig. 4 Example of data structure of the technology portfolio visualized by the AI-assisted process.
また、FASTの観点を取り入れた機能分析プロセスを生成AIにより効率化することで、従来は担当者ごとの着眼点に依存しがちであった技術の機能抽出プロセスを、一定のルールに基づき機械的に実施し、人が確認・修正するというプロセスに置き換えること、すなわち課題認識の一つであった属人性の排除ができた。このことは、技術棚卸プロセス全体に占める暗黙知に依存する割合を減らし、属人性を一定程度低減する効果があると考えられる。加えて、候補技術の列挙や技術棚卸リストの草案を生成AIが一括して生成することで、担当者はゼロからの技術洗い出し作業に費やしていた時間を確認・補正に集中させることが可能となり、対象製品群の技術棚卸に要する工数を削減できることが示唆された。
一方で、生成AIの応答は同一プロンプトであっても出力が完全に同一とはならないため、出力結果そのものの厳密な再現性には限界がある。本研究では、入力データ、プロンプト及び処理手順を固定し、得られた結果を構造化データとして記録することで、「プロセスとしての再現性」と結果の追跡可能性を確保することを重視したが、生成AIを活用することに起因する課題も存在することを示す結果である。
同様に生成AIが提示した技術要素や強みの中には、実際には採用されていない仕様の推定や表現の誇張など、いわゆるハルシネーションと解釈できる出力も含まれていた。これらは前述のヒアリングプロセスを通じて除去・修正したが、生成AIの出力をそのまま「正解」とみなすことにはリスクがあり、生成AIを候補生成・発想支援として位置づけた上で、人が最終判断を行う運用設計が重要である。
以上のようにAIエージェントとFAST等の技術棚卸フレームワークを組み合わせた本手法の長所短所を把握し、コニカミノルタにおける技術戦略に機能し得るポテンシャルが示唆された。実際に、本棚卸により得られたデータは、社内技術資産を横断的かつ構造的に把握するための新たなアプリケーションとして機能し始めている。製品内部に内在していた技術を構成要素単位で再評価することで、既存の用途以外での新たな技術的視点が得られることや、再評価された技術情報を製品横断で比較することで、複数の製品群に共通して現れる基盤技術や、同様の機能をもつ技術群が明らかになり、製品単独では把握しにくかった特定技術の横断的な活用状況や将来的な転用可能性を捉えることが可能となった。例えば、コニカミノルタのコア技術の進化と事業展開の関係を俯瞰的に示すことも可能であり、技術棚卸プロセスの中で得られた知見は、既に公表している2025年のコニカミノルタ統合報告書内の「技術の系譜」に反映されている(Fig. 5)。このように、本研究で構築した技術棚卸プロセスは、コニカミノルタにおける技術応用の歴史を製品の構成要素単位で時系列的に把握するためにも有用な情報を与えた。具体的には、製品別に抽出した技術情報を構成要素単位で横断的に整理・比較した結果、複数の製品群に共通して次の成膜技術、光学設計技術、有機材料設計技術、微細加工技術、研磨技術の5つが浮かび上がった。
Fig. 5 Relationship between core technologies and representative products (KONICA MINOLTA Integrated Report 2025).
これらはいずれも、写真フィルムおよびカメラという2つの祖業を起点に発展してきたプロセス技術である。なかでも成膜技術は、最も横断的に確認された共通技術であり、事業の変遷に合わせて適用領域を広げつつ深化してきた代表的技術である。例えば写真フィルム製造では、銀塩粒子の均一分散や膜厚制御といった塗布・乾燥プロセスの技術が確立され、これにより得られた溶液設計、乾燥均一化、界面制御などの知見は、有機薄膜形成や多層構造設計の基盤技術へと発展している歴史的背景がある。また、カメラの光学素子では、高密着・高均質な光学薄膜を形成するコーティング技術が洗練され、反射防止膜や耐環境膜など、光学性能と耐久性を両立するプロセスが確立された歴史的背景がある。さらに、フィルム側の有機塗布技術とカメラ側の無機成膜技術が融合し、光学特性や材料特性を最適化する積層・封止技術へと展開した。これらの知見は多層バリア膜設計へと応用され、OLED向けバリア層封止技術としての検討を経て、現在ではそのバリア技術を基盤に、ペロブスカイト太陽電池の耐久性向上に資するバリアフィルムの開発へと展開されている。
このように、祖業由来の基盤技術は、要求特性や適用領域の変化に応じて進化しながら、社内の複数事業領域へ波及してきた。同一の技術原理が異なる製品群に形を変えて現れる、技術の連続性が明確に確認されたといえる。これらの流れを本研究の技術棚卸により俯瞰的に整理することで、材料・プロセス・構造制御の各側面における技術伝播の全体像が明らかとなり、コア技術の構造的な位置づけや相互関係を解釈・図示することが可能になった。
以上より、本研究で構築した生成AIを活用した技術棚卸は、全社製品群を効率的に整理するプロセスであると同時に、祖業から連なるコア技術を客観的かつ構造的に再認識するための有効な枠組みとなり得ることが示唆された。さらに、この俯瞰的な技術理解を通じて、技術の横断性や転用可能性が明確になり、既存の事業領域にとらわれない新たな応用領域の探索や研究開発テーマ創出に直接結び付く知的基盤として機能し得ることを確認した。なお、本研究では現段階で全ての製品に対して技術棚卸を完了できていない点や、網羅性や精度、再現性に対する定量的な評価には至っていない点は、今後取り組むべき課題である。今後は技術棚卸プロセスを適用する対象を拡張し、上記項目について検証していく予定である。
4 結言
本研究では、全社に散らばる技術資産を俯瞰的に把握することを目的として、生成AIを活用した全社横断的な技術棚卸プロセスを構築し、コニカミノルタの製品に適用した。従来の人手ベースの技術棚卸プロセスは、担当者の暗黙知として存在する技術・製品に対象が偏りやすいという属人性と、全社的な技術ポートフォリオを一度に扱うことの難しさから網羅性の課題を抱えていた。これに対して本研究で構築した技術棚卸プロセスは、全社製品リストを起点に対象製品を形式的に抽出し、生成AIによる構造分解と技術情報の抽出を組み合わせることで、これまで対象とした製品群の範囲では、従来に比べて広い対象領域を一定のルールのもとに整理できることを示した。このことから、属人性および工数負担を低減しつつ、技術を整理し得るアプリケーションとして機能する可能性が示唆された。
さらに、生成AIにより俯瞰的に抽出された技術情報を有識者ヒアリングと統合することで、製品構成要素単位の技術を客観的かつ構造的に把握できるだけでなく、複数事業に共通して現れる技術領域を横断的に捉えることが可能であることを示した。特に、本研究では成膜技術をはじめとする祖業由来の基盤技術が、事業の変遷とともに適用領域や形態を変えながら社内に広く受け継がれている技術連続性が可視化され、コニカミノルタが保有する技術文化を再認識する契機となった。
一方で、本研究で取り上げた属人性・網羅性・再現性の課題が完全に解決されたわけではなく、生成AIの出力は用いるモデルやプロンプトに強く依存し、ばらつき、偏り及びハルシネーションのリスクを内包している。本稿で示した有識者ヒアリングによる検証・補正はこれらの影響を抑制するための手段の一つであるが、網羅性や抽出精度、再現性について正解集合を明示したうえでカバレッジを定量評価するには至っていない。網羅性・精度・再現性を定量的に評価する指標と検証方法の確立は、今後の重要な課題である。
本研究で示した生成AIを活用した技術棚卸プロセスは、既存コア技術に基づく新規テーマ創出を促す地続きの技術経営の実践に寄与するとともに、研究開発部門における生産性と創造性を両立するDXの具体例でもある。今後は、モデルやプロンプトのバージョン管理、出力品質の評価指標の整備、一部製品群を対象とした定量的な網羅性評価の実施などを通じて、生成AI特有の課題を適切にコントロールしながら本プロセスの有効性を高めていくことが求められる。生成AIを用いた技術棚卸は、単なる効率化手段にとどまらず、企業が有する技術の連続性・固有性を俯瞰的に捉え直し、そこから新たな応用可能性や成長の芽を見いだすことで、持続的な企業価値の向上に寄与する知的基盤として発展することを期待している。