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はじめに パルスオキシメーターの起源
コニカミノルタのパルスオキシメーターの原点は1968年アメリカ・アポロ8号,1969年アポロ10号,11号に搭載された「スペースメーター」にある。「スペースメーター」は宇宙の過酷な条件を想定して設計された当時の最新鋭の照明・センサー技術を搭載した光学測定器(露出計)であり,“Earthrise”としてよく知られる地球の写真を宇宙から撮影する際に,その青さを「スペースメーター」で測定した(Fig. 1)1) 2)。
「スペースメーター」の技術者が,露出計で培った測光技術を応用し,生体指の動脈血の拍動による透過光量の変化をセンシングし信号処理することにより酸素飽和度(以下,SpO2)を測定したものが指先測定型パルスオキシメーターである。コニカミノルタ(当時ミノルタカメラ)は,1974年4月にこの技術について国内特許出願し,1977年に指先測定型パルスオキシメーター「オキシメータOXIMET MET-1471(以下,OXIMET)」を世界に先駆けて商品化した(Fig. 2)。
一方,日本光電社はコニカミノルタに1 ヵ月先行して1974年3月に耳朶で測定する方式のパルスオキシメーターの特許を国内で出願しており,日本光電社がパルスオキシメーターの原理発明者として世に知られることとなった3)。しかしながら,パルスオキシメーターの臨床使用は,OXIMETが登場し,誰でも簡単に非侵襲で,指先に装着して直ぐに,正確にSpO2を測ることができるようになったことから始まった。
なお,採血せず,連続的に酸素飽和度を測定するイヤーオキシメーターという機器は1940年代から存在していたが,虚血の為に測定前に耳を圧迫し,測定中に耳を温めるといった作業が必要とされ,装着して直ぐには測ることができなかった上に,誤差が生じやすく再測定も多かったことから,広く普及するには至らなかった。
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パルスオキシメーター開発 小型化の歴史
1977年に商品化したOXIMETは重量7.7 kg,消費電力130 Wであり,使用できる場面は限られたが,連続的かつ非侵襲でSpO2を監視できるため,意識のない患者や異常を訴えられない患者の呼吸状態の監視に使用され,手術室やICU,内視鏡検査時等における血液ガス分析や目視判断に代わる呼吸モニターとして急速に浸透していった。
コニカミノルタではOXIMETの発売以降,最新の照明・センサー技術と電子回路技術を取り入れ,測定アルゴリズムを最適化してさらなる小型化,軽量化,省電力化を実現していった。また,製品機能の向上のみならず,医療関連機関と協力して,使用領域の拡大と,それに伴う啓発活動にも貢献してきた(Fig. 3)。
特に1991年に発売された「PULSOX-5」(Fig. 4)は重量が380 gとOXIMETの約1/20にまで小型化され,真に「ハンディ」と呼べるものとなったことで,次に示すような分野における活用を促進していく事となった。
・呼吸器病棟における病状の安定した患者のスポットチェック
・在宅酸素療法患者の訪問看護
・救急搬送時の呼吸モニター
1994年に高度慢性呼吸不全患者の在宅酸素療法適用の判定にパルスオキシメーターを用いたスポット測定が保険で認められ,呼吸器疾患に対する外来診療,検査において使用が急拡大した。コロナ禍におけるパルスオキシメーターの活用を可能にしたのは,この時点より間質性肺炎の進行状況とSpO2低下の関係性について臨床知見の蓄積がなされてきたからである。
小型化の進展は2009年に「PULSOX-1」の登場によって,現在一般的に最もよく知られる指先一体型パルスオキシメーターの形にたどり着いた。重量はOXIMETの約1/160,消費電力は約1/2600であり,測定はほぼ自動で,誰でも,いつでも,数秒で正確なSpO2を得られるパルスオキシメーターであったことから,看護師や理学療法士,介護士,慢性呼吸不全患者,ぜんそく児童の親,高齢者家族等の使用が大きく加速した。その過程で,2012年に「PULSOX-1」をベースとした在宅患者向けカジュアル機「PULSOX-Lite」を投入し(Fig. 5),在宅の安全使用を目的とした一般の方への啓発活動を並行して行い,日本呼吸器学会肺生理専門委員会に協力し2014年に「Q&A パルスオキシメータハンドブック」が発行された4)。
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コニカミノルタの開発方針転換
コニカミノルタのパルスオキシメーター開発を続けてきたのは光学測定器を扱うセンシング事業部であったが,2015年にヘルスケア関連事業の全社統合のため,パルスオキシメーター等の光学測定技術を用いた医療機器については,センシング事業部からヘルスケア事業部へ事業移管されることになった。
移管に際し,ヘルスケア事業部内で新規開発すべきパルスオキシメーターについて検討を行い,市場において技術競争より価格競争に傾いてきていたスポット測定式のパルスオキシメーターについては委託開発とし,SAS(sleep apnea syndrome,睡眠時無呼吸症候群)のスクリーニング検査機としてデファクトスタンダードとなっている腕時計型メモリ機能付きパルスオキシメーターと,パルスオキシメーターの主な利用者である看護師のバイタル測定・モニタリングに関する業務効率を大幅に改善する新モニタリングシステムに対して,コニカミノルタの開発リソースを集中することを決定した。
「PULSOX-1」「PULSOX-Lite」両機種を統合し,これまでに培ってきた指先一体型パルスオキシメーターに関する品質・性能・ノウハウを組み込み,市場の低品質廉価品とは一線を画したハイエンド機「PULSOX-Neo」(Fig. 6)の開発・製造を日本精密測器社に委託し,2019年に販売を開始するとともに,「PULSOX-1」「PULSOX-Lite」の製造を中止した。
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コロナ禍におけるコニカミノルタの活動
4. 1 COVID-19の流行と「PULSOX-Neo」
2020年1月16日に国内で初めて新型コロナウイルス感染症(以下,COVID-19)患者が報告され,同年3月11日には世界的大流行を意味するパンデミック宣言がWHO(世界保健機関)のテドロス事務局長によってなされた5) 6)。
COVID-19はウイルス感染による間質性肺炎を引き起こすとされ,COVID-19で死亡する症例は呼吸不全が多いために重症度は呼吸器症状(特に呼吸困難)とSpO2を中心に分類され,パルスオキシメーターによるSpO2測定が求められている7)。WHOからは,パンデミック宣言直前の3月2日に,各国に向けて人工呼吸器とパルスオキシメーターの活用が呼びかけられた8)。
上記の様な背景から,メディア報道も相まってパルスオキシメーター需要が急増し国内の供給不足が懸念される中,同年5月にコニカミノルタはパルスオキシメーターの国産パイオニアメーカーとして経済産業省に増産に必要な設備と工数や薬機認証に関する情報提供を行い,6月の令和2年度「N95マスク・非接触体温計・パルスオキシメータ生産設備導入支援事業」の実現に結び付けた。
国からの支援を担保した上で「PULSOX-Neo」の生産委託先である日本精密測器社に対し生産能力の増強を依頼し,従来の約3倍に引き上げた9)。また,冬場に大きな感染の波が来た場合に,感染者全員を入院あるいは宿泊療養施設で隔離する事が難しくなるケースが懸念された。その際に軽症者を自宅療養へ切り替える必要が生じると想定し,呼吸器専門医の助言・指導を受け自宅療養中のパルスオキシメーター推奨使用法を作成し自治体への情報提供を開始した。そして,同年12月に発生した第3波渦中において東京都が自宅療養者へパルスオキシメーターを貸与するスキームを全国に先駆けて発表し,都からの要請に応じる「PULSOX-Neo」の供給を実現した10)。
4. 2 コロナ病床へのソリューション提供
一方,感染者の増大は中等症以上の患者を受け入れる病床を緊急増設しなければならない状況およびそれに伴う生体情報モニターの不足が懸念された。その中で,3章で述べた経緯から開発を進めていたコニカミノルタのセントラルモニタリングシステムの,ベッドサイドにおけるSpO2の連続測定機能と,測定したバイタルデータをスタッフステーションで一元管理するための無線通信機能は,既に実用可能な状態にあった。特に,920 MHz帯の電波を用いたSub-GHz無線通信の採用は,生体情報モニターとして前例のない試みであった。
コニカミノルタのSub-GHz無線通信は,2.4 GHz帯の無線LANやBluetoothと比較して,①通信可能な距離が長い,②回析特性が高い,③電波干渉要因が少ない,という3つの特徴を備えていることから,病床毎のアンテナ設置工事が不要であり,柔軟かつ迅速な整備が求められる中等症患者向け臨時病床に対する設備として最適と考えられた(Fig. 7)。
そして厚生労働省に対しコロナ禍において必要な製品として,認証審査を迅速に行うことを要請し,当局の協力と迅速な商品化への期待を背負い,企画・開発・品質保証・製造・販売が一体となってこれに取り組み,「モニタリングシステム VS1」を同年12月に発売し,異例の短期間で商品化を実現した(Fig. 8)。
4. 3 「PULSOX-Lite」の生産再開
2021年初めより開始した自宅療養者への貸与を機に,パルスオキシメーターのコロナ禍における有用性が更に広く認識され,従来とは桁違いの需要が生じる可能性が懸念されるようになった。
1977年に世界初の指先測定型パルスオキシメーターを世に送り出したメーカーとして,また,在宅呼吸器患者向けパルスオキシメーターの活用を学会や患者会と長年推進してきた企業として,パルスオキシメーターの在宅活用という社会要請に応えることは,コロナ禍におけるコニカミノルタの社会的使命であった。そこで3章記載の経緯により生産を中止していた在宅利用向け指先一体型「PULSOX-Lite」の生産再開を決断,生産委託先であったセキアオイテクノ社とコニカミノルタの生産本部,センシング事業部,ヘルスケア事業部が一体となって早期生産再開への取り組みを2021年初めに開始した。
生産再開への最初のボトルネックは医療機器認証の問題であった。「PULSOX-Lite」は生産・販売を中止し認証を取り下げていた為,新たな認証申請が必要となり通常では生産再開に半年以上かかる状況であった。しかしパルスオキシメーターの国内増産体制確保の社会的必要性と再生産品が既認証品と同等である事を厚生労働省へ説明することで,既認証の有効性継続を認められ認証問題をクリアした。
次に課題として挙がったのは世界的な半導体不足であったが,セキアオイテクノ社をはじめパートナー企業の協力と,コニカミノルタの部品調達力や調達可能な部品に合わせた迅速な設計変更・評価」といった「ものづくり力」を結集させ,「PULSOX-Lite」の生産再開を検討開始からわずか3ヶ月で実現し,「PULSOX-Lite」の生産備蓄を4月より開始する事で,従来の約20倍の生産能力をもって緊急特需に備えた11)。
4. 4 過去最大の第5波における自治体への供給
第3波時点で自治体が行っていた備蓄によって第4波を乗り越え,ワクチン接種も進み始めていたことから,市場では自治体への配備は十分と言う認識が広がり,5月以降は需要が落ち着いていた。しかし,デルタ株等のウイルス変異の状況を鑑み,更なる感染爆発の可能性が拭い切れないことからコニカミノルタはパルスオキシメーターの生産拡大を維持した。同年7月には,感染爆発によってパルスオキシメータが不足した際にコニカミノルタから迅速に供給できるよう備蓄している旨の情報提供を自治体や医師会に対して行った。
ワクチン接種に注力している状況の中では,反応は薄かったが,8月にデルタ株を中心とした過去最大の第5波が発生し,新規感染者は原則自宅療養する方針へ転換した12)。これにより自治体によるパルスオキシメーターの緊急の大型調達が集中し,増産・備蓄が功を奏し,コロナ禍において社会に大きく貢献する結果となった。
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今後の展開
依然COVID-19による緊張は解けず,再流行に備えた体制準備が急務とされている。一方で既存の医療機関による病床増は限界があり,自治体主導の臨時施設の整備が進められており,「モニタリングシステム VS1」が社会から求められている。パルスオキシメーターは言うまでもなく,コロナ禍において必需品と社会から認識され,感染の大波が再来した際には,メーカーとして供給責任を果たさなければならない。コニカミノルタは,パルスオキシメーターとセントラルモニタリングシステムを2本の柱として,コロナ禍を乗り越えるべく社会に貢献し続けていく。