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背景
2020年、コニカミノルタは2030年の未来を見据えた長期ビジョンステートメント「Imaging to the People」を掲げた。「Imaging to the People」には、「全事業で人々の生きがいを追求し、個々の「みたい」想いへ応え続けたい」という、私たちの意思が込められている。
長期ビジョンステートメントの実現に向けて、現在コニカミノルタではイメージングの技術力を基盤とするDX企業への事業転換が進んでいる。介護現場の業務効率化とケア品質向上を支援する「HitomeQ ケアサポート」、店舗内の購買行動解析により販売最適化を支援する「Go Insight」、入室者の体表温度測定により施設運営を支援する「Temperature Screening App」など、多岐にわたるソリューションサービスをコニカミノルタ独自の画像IoT技術が支えている。
しかし一方で、コニカミノルタが自社のアセットだけを頼りに創出できるソリューションサービスは限界的でもあった。そして、この点においては多くのビジネスパートナーも同様の課題を抱えていた。そこで、コニカミノルタ独自の画像IoT技術にビジネスパートナーのアセットを自由に組み合わせ、互いに強みを補完し合うことができれば、共創を通じて幅広い社会課題解決へ貢献ができると考えた。
その実現に向けては、ビジネスパートナーへの明確なビジョンの発信と共感、実現に向けた求心力が不可欠であった。新たな求心力を得るために、私たちは画像IoT技術に関わる部門を横断したプロジェクトチームを発足し、画像IoT技術領域の新ブランドの創出を目指した。プロセス設計及びクリエイティブについては、株式会社リスキーブランドの全面的な協力をいただいた。
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パーパスブランディング
ブランドの語源は諸説あるが、一説ではその語源は家畜への焼印「burned」であり、焼印による「識別」で「価値を保証」していたことがブランドの起源であるとされている。現代も同様にブランドの重要な役割には「識別」と「価値の保証」があるが、消費形態が多様化した現代においてブランドには顧客をつなぐ「信頼の醸成」という新たな役割が付加されている。
この「信頼の醸成」にフォーカスしたブランディング手法がパーパスブランディングである。経営において「パーパス」とは、「社会において企業が存在する意義」を意味する。事業環境の変化が激しい現代において不変の「パーパス」を顧客へ示すことは不可欠であり、「パーパス」を中心に顧客構築していくパーパスブランディングは現代のビジネスシーンに適合したブランディング手法だと言える。Fig.1
2.1 ビジョン
サイモン シネック(Simon Sinek)は TEDスピーチ「優れたリーダーはどうやって行動を促すか」にて、「Why」を基点に語る重要性を語っている。パーパスブランディングにおいても同様に、「Why」が基点となると考えた。「なぜ我々の事業活動は存在するか?」その問いの答えを求めることで、画像IoT技術領域におけるビジョンの言語化を目指した。Fig.2
経営層との対話を通しコニカミノルタの歴史への敬意や未来を担う社員への期待を汲み取り、再結合を試みた。全社の長期ビジョンステートメント「Imaging to the People」との連続性を意識し、画像IoT技術の将来を的確に示す力強い言葉を探索した。
こうして画像IoT技術領域におけるビジョンステートメント「Go Beyond Human Vision」が定義された。「Go Beyond Human Vision」は、「みたい」をあきらめずに前進する人々へのエールだ。「希望に満ちた社会を実現するために人類の視覚能力を超えていこう」という、想いが込められている。
2.2 ブランディングリサーチ
まず、自社サービスのブランディング調査を実施した。画像IoT技術が活用されている既存の自社サービスを複数選定し、最新の展示会やウェブサイトでの顧客とのコミュニケーションの状況を調査した。調査の結果、既存サービスの多くがCI(コーポレートアイデンティティー)のみを頼りに顧客とコミュニケーションをしていることが明らかとなった。コニカミノルタはグローバルに幅広い事業を展開する企業であるため、CIのみに頼ったコミュニケーションでは画像IoT技術の強みやビジョンを伝えきれない現状があった。
加えて、他社サービスと自社サービスを比較したブランディング調査を実施した。独自のリサーチシートを作成し、各社の強みとする技術とビジョンの関係性について比較できるように工夫した。調査の結果、画像IoT技術をブランディングの中核に位置付ける企業が稀有な存在であることが明らかとなった。私たちが創り出そうとしている画像IoT技術のブランドには、独自のポジションを確立できる大きな可能性があった。
2.3 独自の強み
次に、私たちは改めてコニカミノルタ自身の強みを問い直した。ここで言う強みには、例えば企業姿勢や社員の気質、社史、ステークホルダーとの関係性など、技術以外も含まれる。ワークショップ形式で、強みになると考えられる要素をキーワードで発散し、「Uniqueness」「Advantage」「Necessity」の3段階のレベルに分類した。そして「Uniqueness」に選別したキーワードより、 「見えないものの見える化」、「トップレベルのAIアルゴリズム」、「イメージングと光学の歴史」の3つの要素を抽出した。Fig.3
2.4 理想とする世界観
次に、ブランディング活動を経て到達したい理想とする世界観を、非言語と言語の2つの側面で表出化させた。これまでの外発的なアプローチにプロジェクトメンバーの内発的なアプローチを重ねることで、思考の幅を飛躍的に広げることができると考えた。このプロセスは、事業ビジョンをあらためて自分事化することでもある。
ワークショップでは、音楽、建築、動物、食べ物など、一見すると画像IoT技術には無関係なビジュアル集を用意した。各メンバーは自身が思い描く世界観に最も近しいもの選出し、それを選んだ理由について対話を行った。比喩的にビジュアルを読み解き言語化する過程を繰り返すことで、各メンバーがそれぞれの理想とする世界観を完成させることが出来た。
あるメンバーは理想とする世界観を「氷山から海に飛び込む最初のペンギン」に例え、「挑戦」という言葉を添えた。その勇敢な姿を想像し、多くのメンバーが共感した。Fig.4
2.5 ブランドパーソナリティー
次に、ブランドパーソナリティーを規定した。ブランドパーソナリティーとは、ブランドが個々に備える人格のことである。「あのブランドは、子供っぽくてやんちゃ」、「あのブランドは、大人の気品を感じる」など、私たちは無意識にブランドを人格に例えている。この思考プロセスは、まだ創出されていないブランドにおいても同様に機能する。漠然とした世界観から詳細な人格を思い描いていくことで、抽象度の高い「理想とする世界観」を実態あるブランドへと一気に引き寄せ、具体化することができる。
「私たちのブランドをリアルな人物に例えたら、どのような容姿で、どのように振る舞い、どのような発言を、どのような声色でするだろうか?」「その人物の年齢、職業、 国籍は?」ブランドパーソナリティーを定める際は、人物像を可能な限り詳細に思い描くことが重要である。「私たちのブランドは野心家だ。人物に例えるなら、同じ野心家でもA氏ではない。むしろB氏の情熱的な研究姿勢と誠実な振る舞いに強く共感する。私たちのブランドも同様に、パートナーへの誠実さを忘れずに内なる情熱を持ち続けたい。」これは、本プロジェクトでのメンバーの間の対話の一節である。
ブランドパーソナリティーを規定することで、私たちが生み出すブランドが未来の社会の中での振舞う姿がありありと浮かび上がった。私たちは目指すべきブランドパーソナリティーを「Sincere Visionary」と命名した。内なる情熱を秘めながらも常に誠実に夢を実現していく人物像は、まさに事業ビジョン「Go Beyond Human Vision」を体現するパーソナリティーである。
2.6 ネーミング
次に、ネーミングを開始した。「独自の強み」で抽出した要素と、「パーソナリティー」から発想されるキーワードを相互に掛け合わせることで、数百のネーミング案を創出していった。音感の良さ、文字の配列の美しさ、意味性において私たちの意思を表現できているネーミング案を選出した。絞り込みの段階では、「独自の強み」と「ブランドパーソナリティー」を総合的に表現できていることを良いネーミングの定義とした。客観的な「独自の強み」と主観的な「ブランドパーソナリティー」の双方を指標に用いることで、ネーミングの優劣を明確に判断することができると考えた。
このようにしてネーミング「FORXAI」(フォーサイ)が決定した。「FORXAI」には、「未来を切り開く先見性:Foresight」と「AIを社会のために:For X AI」という2つの意味が込められている。「独自の強み」と「ブランドパーソナリティー」の双方が高純度で調和したネーミングである。
2.7 ロゴデザイン
次に、ロゴデザインを開始した。ロゴのデザイン開発過程においても「ブランドパーソナリティー」は重要な役割を担う。「Sincere Visionary」のイメージを基点に、ロゴやグラフィックの表現を探索した。複数の書体を選出し、さらにパーソナリティーを強めるアレンジを加えた。「F」以外を小文字表記し「i」のドットを拡大させることで先見性を表現する案や、劇的なトランスフォームを演出するために「X」の左右で2つのフォントスタイルを変化させる案など、多くのデザイン案を創出した。Fig.5
最終的に選出したのは、「X」の1文字に鮮烈なメッセージを込めたロゴデザインである。幅広で堂々とした書体で文字組みし、「X」を左右2つの矢印の組合せで構成した。塗で構成した右向きの矢印と、線で構成した左向きの矢印を交差させることで、視覚的な動きと奥行き感を与えた。この「X」の一文字の表現に、顧客、パートナー、コニカミノルタが融合し、未来志向で前進する姿を重ねた。Fig.6
2.8 ブランドアーキテクチャー
最後に、「FORXAI」を中心とするブランドアーキテクチャーを構築した。ブランドアーキテクチャーとは、事業推進に不可欠な資産、商材、活動などに対して適切なネーミングとグラフィック表現を与え、体系的に整理したものだ。統一された表現で体系化されることにより、事業全域の活動で「パーパス」を伝えることができるようになる。
「FORXAI」は画像IoTのプラットフォームと定義し、マスターブランドに位置づけた。プラットフォームを構成する3つの画像IoT技術のロゴやアイコン群、社内の既存ブランドと連携を示すロゴやパートナーに対する認証ロゴなどを制作し、ブランドガイドラインによって運用ルールを規定した。Fig.7
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成果と今後の展望
「FORXAI」ブランドの創出により、独自の画像IoT技術がコニカミノルタの目指すポートフォリオ転換をささえる基盤技術であることを明確に発信できるようになった。「FORXAI」の存在は社員の意識を変革へと導き、多くの社員が「Sincere Visionary」な姿勢で価値創造への新たな一歩を踏み出している。
2022年10月末現在、「FORXAI」を活用した事業連携において53社とのビジネスパートナー契約が締結されるに至っている。ローカル5G・物体検出・自律ロボットを組み合わせた生産工場の自動制御、製造工程における外観検査、服装や持ち物解析による顧客動線解析、家族型ロボットのスキンシップ表現の拡張など、魅力的な共同開発テーマが進行中だ。ハッカソンでは学生ならではのフレッシュなアイデアが生まれ、国際学会では産学を横断した技術者のつながりが生まれた。「FORXAI」は共想のコミュニティーとなり、現在も日々成長を続けている。
パーパスブランディングをきっかけに、社内外を巻き込んだ大きな変革が今まさに起きている。「FORXAI」が世界を代表する画像IoTのグローバルブランドへと飛躍することを信じてやまない。Fig.8
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謝辞
株式会社リスキーブランドの皆様無くして、「FORXAI」ブランドの創造は成し得ませんでした。全面的なご支援に対し、この場を借りて深く御礼を申し上げます。
株式会社リスキーブランド
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参考
サイモン シネック(Simon Sinek) TEDスピーチ