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はじめに
コニカミノルタのDLP®プロジェクター用光学系は、商品の中核競争軸となる高輝度化を追求し、光の利用効率の向上と、高輝度化に伴う大きな課題である耐熱信頼性の向上を追求してきた。この結果、現在では世界で約22万スクリーン3)ある商業用映画館の約7割以上でコニカミノルタのプロジェクター光学系が搭載され、ビジネス面ではプロジェクター用光学系の累計売上げは約900億円を達成している。
プロジェクターのフルカラー再現方式は二つある。一つは3原色RGBの時間分離方式だが、これは原理的に高輝度化に不利なため、高輝度が必要な商用映像用プロジェクターではランプ光源の白色光をRGBの3原色に空間分離し、それぞれの色に対応する画像を形成し、それを再合成してフルカラー映像を再現する方法が主に使われる。この色分離と合成には光の干渉性を利用する薄膜技術が必須となる。同時に透過光量を決定する反射防止薄膜も干渉性を利用する薄膜であり、それらの特性向上にIon Assisted Deposition (IAD) 方式による薄膜を開発した。2項では、IADを用いた色分離合成薄膜による色分離合成プリズム (以下カラープリズム)、及び、IAD方式を用いたレーザー光源化に対応した反射防止薄膜の開発について説明する。
一般に、光源からの光束を媒質が100%透過させることは不可能であり、光路中の部材吸収や、屈折率が異なる界面での光の反射、散乱が発生する。これらを総じて不要光と呼び、この不要光による副作用の一つが発熱である。特に大型プロジェクター用の投射レンズは、大画面に高輝度で投影することが目的であり、大光量下での発熱の影響を受けやすい。プロジェクター稼働時に時間と共に変化するこの発熱によって結像性能が動的に変化し焦点ずれなどの性能変化を引き起こす課題がある。3項では、光学部品の相対位置を変化させることで熱による結像性能の変化を制御するThermal Drift Compensation Mechanism (TDCM) の開発と現状を説明する。
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IAD方式によるDLPプロジェクター用高密度機能性薄膜の開発
2.1 RGB空間分離方式のDLPプロジェクターの基本光学構成
前1項記載のDMD™は反射型表示素子であり、DLP®光学系では、光源からの入射光と、投射レンズへの射出光を角度差により分離する機能を持つ。Fig. 1はカラープリズムと投射レンズ部分のDLP®光学系の基本構成である。
側面図の通り、光源からの照明光(図中illumination)が入出射分離機能を持つTIR Primsに入射し、その後、Color Prismに入射する。また、上面図の通り、この入射光束はプリズム内でRGBの3原色に分離され、映像表示される光(図中のOn state light、以下ON光)はDMD™素子上の画素ミラーの角度変化により照明光軸に対し約24度の角度で反射され、投射レンズ光軸に平行にColor Prismへ入射してRGB各色が合成され、投射レンズへ出射する。映像表示されない光(図中のOff state light、以下OFF光)は、DMD™素子により照明光軸に対し約48度で反射され投射レンズには入射しない。
2.2 カラープリズム内の色分離合成における光束の角度依存影響と改善効果
プロジェクターで輝度を保つには、カラープリズムにおける色分離、および、色合成で不要光の発生を抑制することが重要である。Fig. 2は、RGBの境界での不要光の発生が無い理想的な波長特性の概念図である。しかし、カラープリズムで色分離合成する2色分離の薄膜(以下、ダイクロイック膜)の透過と反射の境界の波長(以下、カットオフ波長)は、入射角度により変化(以下、波長シフト)するため、様々な角度成分を持った光束が入射するとRGBの境界が崩れて、不要光が生じる。
前項2.1の通り色分離の照明光(Illumination)と色合成の投影光(ON光)の主光線方向には24度の角度差があり、更に照明光と投影光を分離する角度24度により、DLP®光学系はF2.5の光束で構成されるため、±12度内の角度分布をもった光束がダイクロイック膜に入射する。このように実際の光学系では角度差を持った光束が入射することになるため波長シフトが発生し、カットオフ波長近傍の波長域で不要光が生じる。
従来蒸着方式で成膜されたダイクロイック膜を用いたカラープリズムと、本項で紹介するIAD方式で成膜されたカラープリズムのRGB波長特性をFig. 3に示す。
このように、IAD方式はカットオフ波長近辺での立ち上がりと立ち下りの特性が良く、カラープリズムでの色分離合成特性はFig. 2で示した矩形形状のように特定波長で透過と反射を分ける理想的なカットオフ波長特性に近くなり、光利用効率が向上した。IAD方式によりダイクロイック膜の蒸着材料が高密度に成膜されて安定して高屈折率を確保できたことが、波長特性改善の主要因であり、次項でそれについて説明する。
2.3 IAD方式による成膜材料の高密度化とその効果
商用映像の品質確保には複数の蒸着材料を積層化させた多層ダイクロイック膜が必要になり、ダイクロイック膜は構成する蒸着材料の平均屈折率が高いほど、膜特性の入射角依存性は小さくなる。ただし、従来の蒸着方式(Fig. 4)では、材料分子間が多孔質となり隙間が発生する。
隙間部分は空気層であり各層の屈折率を考慮すると、蒸着材料そのものの屈折率より低屈折率側にシフトする。また、隙間部分が大気中の水分を取り込むため、環境により特性が変化する。このため従来蒸着ではダイクロイック膜のカットオフ波長特性の低下要因が存在する。従って、特性低下を抑えるには、材料の分子は隙間なく緻密に積みあがっている必要がある。この解決策として着目したのが、イオン銃で発生したイオンで蒸着材料分子をたたき、分子の運動エネルギーを増加させて基板材表面に堆積させるIAD方式である(Fig. 5)。
通常よりも高い運動エネルギーのため、分子はより密に積み重なり隙間が減少する。そのため、IAD方式では蒸着材料そのものの高い屈折率が維持され、大気中の水分が分子の隙間に入ることもなく、環境による特性変化が少ない。これにより、平均屈折率が高く入射角度依存性が小さいダイクロイック膜が成膜され、入射角度が24度異なる照明光と投影光のF2.5の光束に対し、カラープリズム内で効率よく色分離合成が可能となり光利用効率が向上した。
新しいダイクロイック膜を開発したことで、商用映像プロジェクターで20%以上の輝度向上を達成し、2010年のシネマ市場のデジタル化では、コニカミノルタのカラープリズムの大半に本方式を採用した。
2.4 IAD方式の更なる高輝度化への展開
IAD方式により緻密に分子を堆積できる効果はダイクロイック膜にだけでなく、特性の再現性が良くバラつきが少ないため、反射防止薄膜(以下AR膜)の低反射率化、高透過率化にも展開されている。プロジェクター市場の本格的にRGBレーザー光源を搭載した高輝度化モデル普及への動向を先取りし、コニカミノルタは、2018年にはより広帯域の反射率を抑えたAR膜の量産化を達成した。
Fig. 6はレーザー光源を搭載する商用映像DLP®プロジェクターの代表的な主波長である。4)レーザー光源では主波長にエネルギーが集中しており、反射率特性がその波長からずれると損失影響をより受けやすくなるため、より広帯域で低反射率のAR膜が望まれる。この広帯域に低反射率を実現するため、膜設計では従来比2~3倍ほどの膜数を必要とする。そのため、従来の隙間のある膜では環境により特性が変化しやすく、低反射率特性を安定して維持することが困難となる。そこで、隙間の無い緻密な膜を成膜できるIAD方式を採用することで、広帯域で安定的に低反射率となるAR膜を成膜できるようになった。
IAD方式のAR膜は主に投射レンズの各レンズエレメント表面に施されており、エレメント枚数は15~20枚であるため、AR膜の面数はこの倍の30~40面となる。Fig. 7の通りGreenレーザー主波長で約0.15%の反射率改善があり、投射レンズ全系で5%以上の輝度向上を達成した。
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TDCMによるDLP®プロジェクター投射レンズ結像性能補正機構の開発
3.1 高輝度プロジェクターの内部発熱による結像性能劣化の温度特性
本項では、画像品質に対して重要な要素である結像性能を大光量下で保証する技術について説明する。結像性能は、DMD™素子の各画素をどれだけ正確に大画面に拡大し再生できるかということに繋がり、その結像性能を崩す要因が光学素子の屈折率、形状、相対位置の変化で生じる収差である。
この結像性能の状態は温度によっても変化する。高輝度プロジェクターでは、大光量下での各光学素子の光吸収による発熱、散乱光などの不要光の照射により保持部材等の発熱が内部で発生する。そのため、初期状態で画像品質を保証する収差補正を行っていたとしても、大光量下では投影時に初期状態から結像性能が時間と共に変化し十分な品質が確保できなくなる。これが投影時に熱的影響で動的に変化する結像性能の温度特性である(Fig. 8)。
3.2 プロジェクター投影時の温度特性の補正
前述の通り、投影時はDMD™素子より射出側の光学系内で様々な温度変化による収差が発生するため、光学設計時にシミュレーションにて収差の温度特性による結像性能変化を予め予測し、投射レンズの特定の光学素子に温度特性を相殺する補正用レンズを設定した。その上で、温度変化により形状変化するバイメタルを用いた熱の感知により、投射レンズ内で機械的に補正用レンズを駆動させフォーカシングするTDCM機構を開発した。(Fig. 9)
コニカミノルタの投射レンズを用いるプロジェクターは高輝度領域では市場のシェアの多くを占めており、出荷時には各プロジェクターメーカー向けにインターフェースをカスタマイズして提供しているため、温度特性補正をプロジェクターも含んだ構成にすると、顧客システムを含むインターフェースが複雑化し、機構そのものの統一性が無くなりコスト面でも不利となる。このことから、投射レンズのみで独立して補正できるロバスト性を重視したコンパクトな構成を目指し、機械的な動的補正機構を採用した。
3.3 TDCMの更なる高輝度化における展開
現在、シネマのデジタル化やプロジェクションマッピング等の商用映像産業市場において、TDCMを搭載した投射レンズが多数投入されているが、温度特性のシミュレーション条件には顧客プロジェクター本体側のパラメーターは含まれておらず、実験機による検証評価を繰り返しての最適化が中心となっていたため、十分に補正機能を発揮できない場合も存在した。特に近年、照明光源のRGB高輝度レーザー化や、急成長している没入型の映像体験、プレミアムシネマで重視される高コントラスト化などにより、プロジェクター本体側での発熱量が増加し、制御システムも複雑化してきているため、熱的な影響が従来に比べ大きくなっている。そのため、プロジェクターシステム全体として温度特性補正の最適化が重要になってきており、各顧客とはこの取り組みを開始しており、高輝度化に対応した新たなパラメーターを蓄積しTDCMの更なる最適化を進めている。
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まとめ
本稿では、商用映像産業の発展に貢献してきたプロジェクターの高輝度化技術について紹介した。現在も、特にRGBレーザー光源の普及により、商用映像プロジェクターの高輝度化の流れが進んでいる。この流れに対して、これまで蓄積してきた技術に更に磨きをかけ、光利用効率の向上と温度特性の制御技術の開発に取り組んでいくことで、今後の市場要望を満たす品質の実現につなげていく。