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はじめに
南海トラフ地震の発生リスクや線状降水帯による豪雨発生回数が年々高まる中、河川や農業用ため池(以下、ため池)の氾濫による人的・物的な被害の発生リスクも年々上昇し、西日本を中心に年間100億円規模の被害が発生している現状がある。
本書で取り扱うため池は、降水量が少なく、流域の大きな河川に恵まれない地域などで、農業用水を確保するために水を貯え取水ができるよう人工的に造成された池であり、全国におよそ15万箇所存在している。ため池に関る災害について記憶に新しいところでは、平成30年7月豪雨により、多くの農業用ため池が決壊し、人的被害を含む甚大な被害が発生した。これを受けて、ため池緊急点検の実施や法整備(農業用ため池の管理及び保全に関する法律)など、ため池の管理は国・自治体の関心事となりつつあり、各所で防災重点ため池の指定やハザードマップの作成といった対応が進んでいる。しかしながら、ため池のリアルタイムな状況を把握する手段が現状限られており、地震や豪雨発生時に迅速に市民の避難誘導につなげる仕組みの構築、さらには農業従事者の減少が進む中でため池の状況を日常的にモニタリングする仕組みの構築も進んでいないという課題がある。1)
コニカミノルタは、事業を通じて「社会における安全・安心確保」などの5つのマテリアリティ(重要課題)に取り組む中、高耐久・高信頼性のエッジデバイスとIoT(Internet of Things)技術・映像解析AI(Artificial Intelligence)技術を活用した遠隔監視ソリューションで、「もしも」のときに安心できるまちづくりに貢献することを目指しており、我々は上述した社会課題に着目し、その解決にむけた開発を進め、自治体との取り組みを開始した。
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ため池防災ソリューション概要
2.1 システム構成
Fig. 1にシステム構成を示す。カメラ映像や冠水センサーの情報を入力とし、モバイル回線でクラウドサービスにアップロードされ、利用者はウェブブラウザなどのクライアントアプリケーションを利用して遠隔から映像やデータの参照などを行うことが出来るような設計とした。
2.2 仕様
屋外仕様カメラで撮影された映像はモバイル回線を介してクラウドへアップロードされる。映像はクラウド上で管理され、利用者はWebブラウザーを介して遠隔でリアルタイム映像を閲覧することが出来る。冠水センサーは、冠水状態が検知された場合にカメラに接続された接点信号を介してインターネット経由で職員やため池管理者への警告通知を行い、警戒状態であることを遠隔で知ることが出来る。更に映像データを画像解析することで、水位の具体的な状況を定量化し管理することも出来るようになる。目視確認や定量的な情報のもと、自治体職員は地域住人に情報発信や避難誘導など的確な情報を提供することが出来るようになり、被災時においても住民に正しい行動をとっていただく働きかけを行うことに本システムを以って貢献することが出来る。
Table. 1 Key Specifications of the reservoir monitoring solution.
2.3 利用シーン
Fig. 2に実際に設置した機器と、撮影された映像を示す(設置現場は愛媛県宇和島市)。本項では概略のみの説明に留め、技術的な詳細は「3. 採用技術」で説明する。
地方自治体の現場の声を聞く中で、「ため池全体の俯瞰よりも洪水吐部分をしっかりモニターしたい」という声が殆どであった。洪水吐は下流への安全な放流と水位のコントロールを行っているため池を構成する最も重要な設備の一つであり、堆積土砂や流木などによって流出するべき水が詰まらないように管理する必要があるためである1),2)。設置した際に目視で水位上昇の程度が容易に判断できるようにするための目安として量水標(図中の物差しのような基準標の事を指す)も取り付けている。この量水標は映像解析による水位読み取りにも使用している。
カメラの撮影条件としては、日本の四季に耐えられる屋外性能、日中/夜間における視認性の高い映像が求められた。これらの課題に応える事ができるMOBOTIX製の屋外全天候型カメラを採用している。
また、ため池が設営されている地域については、山奥の電線の通っていない地域も多く見られることから、電源や通信インフラが確保できない前提での提案が望まれており、太陽光発電システムやモバイル回線による通信対応などを施している。各種電源機器や通信機器は制御盤の中に収納されている。
Fig. 2の右側映像中の量水標の隣にある、プラスチックの筒状のモールの中には接点信号を出力する冠水センサーが配置されており、大雨時に冠水センサーが規定の水位に達したことを検知すると映像が添付されたメールが利用者に通知されるようになっている。Fig. 3に実際に大雨の際にため池の水位が規定水準に達したことを検知したメールのキャプチャー画面を示す。更に、Fig. 4のように映像中の量水標の目盛水準を映像解析によって読み取り、水位の状態を数値化してモニターする機能も設けており、定量的指標が得られることにより判断をしやすい材料を提供している。冠水センサー(物理センサー)及び映像解析双方を用いるのはフェイルセーフの考え方で、相互補間できる使い方を想定して準備した。
上記は標準的な設置条件における使い方を説明してきたが、設置する場所のインフラ/地理的特徴は様々であるため、設置時においてもそれらを鑑みた工夫をする必要がある。これに対して、地域に根付いたノウハウをもつ地場の施工パートナーと連携して機器設置を進めている。例えばFig. 5aのように、量水標や冠水センサーを設置する場所がないため池の場合は支柱を立てて対応している。更にこの場所は道路に面していることもあり、転倒・衝突のリスクが低くなるよう、太陽光パネルなどの機器を低い位置に取り付けている。また、Fig. 5bは豪雪地帯での設置ということもあり、2m程の高さに機器類を設置し、太陽光パネルの傾斜を立てるなど積雪による埋没や堆積しにくい工夫を施している。
2.4 オープンイノベーション型開発の採用
このソリューションをいち早く実現・普及させるために我々は、画像技術とIoT技術を組み合わせ(画像IoT技術)DXを加速させるキードライバー「FORXAI(フォーサイ)」の考え方に賛同するパートナーを始めとした社外技術を積極的に取り入れるオープンイノベーション型開発の方法に舵を切ってシステム開発を行った。初回のプロト機は取り組み開始からおよそ2名と少数な体制ではあったが準備期間2ヶ月で現場設置まで完了するスピードで進めることができた。進め方としては、全体設計の部分はコニカミノルタで実施、開発要素が入り得るモジュールや構成要素は社外調査を進め候補企業を調査/試験を重ね技術選定しこれらの技術を結合することで初期構想に近い形のシステム構築を行うことができた。
また、前項2-3でも述べた通り、地域の特徴に合わせた設置については、地域に根づいて活躍されている施工業者を独自で調査の上、直接コンタクトしパートナー関係を構築した。こうして基本部分の設計から設置までの一連の対応を速やかに進めるプロセスで進めた。
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採用技術
3.1 全天候対応
2-3.利用シーンにおいても述べているが、本ソリューションの肝であるIPネットワークカメラは、下記条件を満たすことが必須である。これらを考慮した結果、コニカミノルタグループ会社であるMOBOTIX社のMOBOTIX MOVEカメラを採用した(Fig. 6)。
- 日本の四季に耐えられること
- 屋外対応・防水防塵対応(高いIP規格)
- 高耐候性(真冬日~猛暑日まで幅広く対応)
- 日中・夜間、晴天・雨天に問わず視認性の高い映像が得られること
- WDRによる逆光補正機能
- 赤外線(IR)ライト搭載
- レンズに水滴(雨粒)が残りにくいこと
ため池に設置する前にコニカミノルタ内で行った検証結果をFig. 7に示す。この検証は暗室環境で実験を行い、MOBOTIX MOVEカメラ内蔵の赤外線ライトを照射した状態で撮影した。また、周辺環境が低照度(新月)と高照度(満月)を想定した2パターンで量水標の撮影を行った。さらに、量水標は全面反射タイプ、部分反射タイプ、一般タイプ(無反射)の3種類を用意し、それぞれの見え方を確認した。その結果として、全面反射タイプは赤外線ライトにより白くつぶれてしまう傾向、一般タイプは高照度条件であっても視認性が悪い傾向があることが明らかとなった。この結果から、ため池には最も視認性が高かった部分反射タイプの量水標を設置している。
3.2 電源レス設計
前段で紹介している通り、本システムは商用電源レスで稼働する。システム全体の消費電力を鑑みて、最適な太陽光パネルの出力を選択した。さらに、鋼管(ポール)への取り付けを容易とするために、社外パートナー設計の元、専用の取付金具を標準パッケージとすることにした。
1日あたりのシステム消費電力は実測値で約160Wh(カメラ内蔵の赤外線ライト12時間点灯とする条件下において)である。NEDO(新エネルギー・産業技術総合機構)が公開している全国日射量マップから全国各地点の1日あたりの最適傾斜角日射量は概ね3.5kWh/m2(年平均)以上であると判明した3)。システム消費電力と同等電力をバッテリーに充電する設計思想としたため、太陽光パネルは100W出力を選択した。
バッテリーの選定においては、太陽光パネル以上の創意工夫を凝らした。一般的に大容量バッテリーには単位容積・質量当たりの充放電性能、並びに高耐久性で評判を得ているリン酸鉄リチウムイオン(LiFePO4)バッテリーが採用されるケースが多いが、氷点下環境においては動作対象外と言われている。本システムは、豪雪地帯かつ山間部のような冬季にかけて氷点下が常態となる環境においても稼働できるよう長寿命&ディープサイクルタイプ密閉型鉛蓄電池を採用した。標準タイプでは-15℃以上を動作範囲とするが、更なる寒冷地においても動作を考慮するために-40℃以上で動作範囲とするディープサイクルバッテリーもオプションとして用意した。なお、寒冷地向けバッテリーは長野県中野市の事例に採用した。
なお、バッテリー容量は、国土交通省の「水管理・国土保全局 革新的河川技術プロジェクト(第3弾)」のリクワイヤメントでは『無日照等の状態で7日間の静止画像伝送が可能』を満たせば良い。しかし豪雨発生時には刻々と変化する水面や洪水吐周辺を捉える必要があると考えたため、このリクワイヤメントを上回る『無日照等の状態で7日間のリアルタイム動画伝送が可能』を満たすことを製品仕様するため100Ahの大容量タイプを選定した4)。
3.3 ワイヤレス設計
本システムで採用したLTEルーターは、日本国内通信事業者(キャリア)各社のSIMを使用できる。この狙いは、本システム設置者(自治体)が自由に携帯事業者を選択できるようにすることである。設置場所において“特定のキャリア”しか電波が届かず使用できない等の課題に対し、キャリアフリーのLTEルーターを使用することで柔軟に対応できる。また電波強度が弱く回線帯域もそれほど広くない地域(ネットに繋がりにくい地域)においては、カメラ画質(解像度やフレームレート)を調整することで適切な画像ならびに映像の配信を行っている。
ここまでに説明した3-1~3-3については、国内販売会社であるコニカミノルタジャパン株式会社で「遠隔モニタリングBOX」としてパッケージ化した商品を販売している。さらに通信契約(SIM契約)もバンドル化することで、容易な導入を実現している5)。
3.4 冠水センサー
冠水センサーとして、ワッティー株式会社の冠水センサーHL-MC1を採用した。本センサーは電源レスでフロートスイッチ方式である。つまり、基準水位を超えるとスイッチがON(A接点タイプの場合)される仕組みである。世の中には、投げ込み式(圧力式)や電波式の水位センサーを用いて、水位を連続的に計測する手段もあるが、非常に高価であるうえ、人為的な破壊行為や動物等による移動を受け、正しく計測できない事例も多い。本ソリューションでは、基準となる水位を超えたら確実にアラートするために冠水センサーを用いている。一方で、連続的な水位計測については次項で説明する画像解析により相互補完を担っている。
3.5 水位画像解析
量水標を用いた映像解析による水位読み取り部分は、LiLz株式会社のAI遠隔点検サービス LiLz Gaugeを応用した。LiLz Gaugeは、計器を含んだ画像をAPI経由で渡すことで、計器が示している値を推論することができる。推論結果はAPI経由で取得可能で、推論結果の表示UIも備えている。本製品では、MOBOTIX MOVEカメラから撮影画像を取得し、API経由で取得した画像をLiLz Gaugeへ送るブリッジモジュールを開発し、水位解析を行っている。
使用時には計器毎に推論パラメーターの設定を行うが、単一の設定では日中/夜間共に高精度で推論することが困難であった。そこで日中/夜間で異なる設定を用意し、ブリッジモジュールにカメラから取得した撮影画像から日中/夜間撮影かの判断、及び、解析実行・結果表示時にLiLz Gaugeでの使用パラメーターを日中/夜間で切り替える機能を搭載することで、日中/夜間問わず高精度(目視差±5 cm以内)での読み取りを実現している。
3.6 イベント連携機能
3.4で説明した冠水センサーはMOBOTIX MOVEカメラの接点入力に接続されている。この製品は接点の状態変化を検知して、その時のスナップショットを添付として事前に設定した宛先にメールを配信することが可能である(2.3 Fig. 3)。単なるメールによる通知のみだと、管理者は真報か誤報かの判断がつけられないが、カメラ画像を添付してアラートを通知できることは、信ぴょう性の高い情報としてインプット可能である。
さらに、MOBOTIX MOVEカメラにはディープラーニング(深層学習)の一種であるDNN(Deep Neural Network)ベースの物体認識機能が標準搭載されている。この機能を用いて、ため池に人が侵入した場合に管理者に即座にアラート可能である。もちろん、前述した通り証拠となるスナップショットを添付できる。
また、MOBOTIX MOVEカメラはイベント検知状態をWebAPIで取得できる機能を有しているため、外部アプリケーションとも容易に連携することができ、ため池に限らず様々なシチュエーションで本システムを活用できる。
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まとめ、今後の展開
本製品はオープンイノベーション型開発で少人数体制にも関わらず、短納期で、各自治体のため池に順次試験導入することができた。本導入へ向けて、今後もスピード感を保ったまま試験導入で発生した課題、顧客要望の対応を行うと共に、まだ試験導入に至っていない自治体へも継続的にアプローチを行う予定である。
また、ため池以外の河川や湖、アンダーパスなどの水位監視が必要な領域、港湾での潮位監視、降雪地帯での積雪量監視など、定期的な屋外での計器読み取りが発生する現場への水平展開を見据えてビジネスを拡大していき、社会における安全・安心確保に貢献していく。